Our secret( continuation of ”せんせい” ③ )
環境の変化に対する適応能力は、決して高くない方だと思う。教師の仕事は、たとえ勤務する学校が変わろうとも基本的には同じことだ。授業、生徒への生活、進路指導その他諸々。だが、学校の方針や人間関係、教師や生徒たちの雰囲気は、学校によって全然違う。様々なことを覚え、新しい環境に慣れるまでに、どうしても時間がかかってしまう。もう少し、器用に立ち回れたら、どんなに楽だろうとも思う。慣れるのに時間がかかっていると、やるべきことが遅れてしまって。そして、仕事が滞っていく。それでも。「浜尾先生、この前の就業体験のお礼、連絡してもらえました?」「あ、はい。電話と手紙、メールで。」最近は、今の環境にかなり慣れてきた。聞かれたことにも、事後報告で答えられる程に。「そうでしたか。ありがとうございます。」学年主任からそう言われて、そっと微笑む。良かった、少しは仕事に追いついてきた。すると、何かが目の前に転がってきた。紙を丸めた、ごみのような塊。犯人が誰かは分かっていて、その人を横目で睨みつつ、開く。中には、のど飴が1つ入っていた。そして、皺になった紙には、急いで書かれたと分かる文字。『お疲れサマ。仕事、頑張ってるな。でも声、少し枯れてる。風邪予防しとけよ。』それから、下の方に。『今日、来れる?』一瞬、呼吸が止まる。あれから、何度も。誘われて、特に用事がなければ、彼の部屋に行くようになっていた。行って、何をするというわけでもない。食事をして、話をして。テレビを見たり、ゲームをしたり、たまには映画を観たり。あとは・・少し触れ合うくらい。キスしたり体に触れられたり。でも、それ以上はない、絶対に。そうやって過ごす時間を、京介は心地よく感じ始めていた。そっと隣を見る。と、彼の視線にぶつかる。見られているのを感じながら、飴を取り出し、ゆっくり口に入れた。そして、小さく頷く。『行く』の合図。彼がわずかに微笑んで視線を外したのが分かる。京介は、皺だらけの紙を手に持って席を立つと、シュレッダーに差し込んだ。そこまで秘密にする必要があるのかはよく分からないけれど。スマホや電話では、会う約束をしていない。誰かに聞かれたり、痕跡を残さないために。連絡方法は、メモのやり取りだけで、それも読んだらすぐにシュレッダーへ。「何で、そうなったんだっけ?」今さらなのに、その質問を口にする。すっかり慣れてきた、彼の部屋で。「なるべく人に知られない方が良いからな。」大輔が両手にコーヒーを持ってきた。1つを京介に差し出しながら、ソファの隣に腰を下ろす。「同じ学校の教師同士の付き合いって、周囲からよくは思われないし。」コーヒーを一口飲む。「大体そういう場合、どっちかが異動になる。」「そうだね・・・。」「俺はまだ、一緒に仕事していたいんだよ、まお先生。」テーブルにカップを置くと、京介の顔を覗き込む。「だから、メモのやり取り?小学生みたい・・・。」それだって、誰かに見られそうだけど。「まおだって楽しんでやってるだろ。」笑ってそう言う彼を見たら。結局、楽しんでるだけじゃないのかな、そんな風にも思えてきた。「別に楽しんでなんて・・・。」肩に、彼の腕が回される。「・・ねえ、僕たちって。」引き寄せられて、彼の顔が接近する。「付き合ってるの?」接近が止まる。「さあ・・・、どうなんだ?」逆に聞かれて、答えに詰まる。「え・・と。」恋なんてしてないし、しない。そう言って2か月近く。それでいいよ・・・と言った彼に、無理強いされたことはない。軽く触れる以上のことはされない。そのかわり。それまで以上に、仕事をさりげなくフォローしてくれたり、体調を気遣ってくれたり。メモを渡される時も、必ず甘いものが入っている。優しい気遣いと、どこまでも受け止めようとしてくれる姿勢。次第に、それが嬉しくなって。彼となら、一緒にいても大丈夫なんじゃないかと思ってしまう。それが、『好き』ということなんだろうか。彼に抱くこの思いが、『恋』なんだろうか。「無理するなよ、まお先生。」肩の手を外して、微笑む。「俺は、こうして一緒にいられれば、それで満足だから。」「・・・嘘・・。」口をついて出た言葉。「なぜ?」「だって・・・。」京介は視線を逸らす。「だって・・・いつも・・。」分かってしまう、彼の生理的現象。「その・・・ごめん・・・。」「やーらしいな、まお先生。」彼が顔を近づける。「どこ見てんだよ。」「見てないけど・・・分かる・・でしょ・・。」体が密着してたら、伝わってくるから。「何でそうなるかも、分かってくれてるんだ。」「え・・・。」「誰のせいで、そうなってるのか。」顔が熱い。コーヒーが熱かったからだ、きっと。「そ、それは・・・。」大輔の唇が耳たぶを掠める。「先生が・・、その手で楽にしてくれる?」「えっ・・。」心臓が跳ね上がった気がした。「あの・・それは・・。」どうしよう。何て答えたらいいのだろう。その時、大輔の体が離れた。ふっと顔に浮かぶ柔らかい表情。「なんてな。冗談だよ。」軽く目を伏せる。「そういうことは、言わずにスルーしておいてくれないと。」「大ちゃん・・・。」小さくため息をついて、立ち上がる。「コーヒー、冷めたから淹れ直すよ。」向けられた背中。さっき浮かんだ表情と一緒で、どうしてだろう。たまらなく寂しそうに見える。待って。「まお・・?」今。今、何かを言わないといけないような気がして。気が付くと、彼の背中に抱きついていた。「まお、どうした?」「あの・・あの・・ですね・・。」彼が振り向こうとするのを、慌てて抑える。「振り向かないで。顔を見ないで、聞いてくれる?」彼の動きが止まった。「あの・・、仕事の時とか助けてくれて、そのおかげだと思うけど、だいぶ、この学校にも慣れてきたんだ。」「それは、まお先生が頑張ったから・・」「いいから、聞いて。」「・・・はい。」心なしか、返事の声が楽しそうに聞こえた。「フォローとか、すごく助けられてる。それに、その・・・。」彼を掴む手に力が入ってしまう。「いつも、受け止めてくれて、あと・・・待ってくれて。ありがとう。」背中に付けた頬がやっぱり熱い。「恋・・かは分からないんだ、まだ。でも、大ちゃん・・先生となら、もしかしたら、その、やっていけるかもって・・。」「なあ、ごめん。顔、見たい。」そう言ったかと思うと、彼が振り向いた。コーヒーカップを下ろした両手で顔を包まれる。「あ・・・。」「あのな、ごめん・・・。俺もちゃんと言ってなかった・・。」「え・・・?」目の前に、彼の顔。泣きそうにも見える、その笑顔。「好きだよ、まお。」彼が目を閉じて、額を寄せた。「本当に好きなんだ。」「・・・うん。」いつもの、どこか余裕のある彼は、そこにはいなくて。必死に訴えるような声が、胸に響く。この胸がざわめくような感覚。『愛おしい』ただ、その言葉が浮かんだ。ざわめきが体中に広がって、自然と彼の手に手を重ねていた。「大ちゃん・・先生。」「・・・何?」微かに震えて聞こえる声。「もっと、一緒にいたい。」「まお・・・。」大輔が目を開く。「帰らないでも、いい?」寂しさが消えて、嬉しそうな笑みに変わる。そして、子どもっぽい表情が浮かぶ。「それは、俺はもう、我慢しなくていいってこと?」京介は笑った。そして、小さな声で。小さく頷く。「・・・うん。」思い切り。強い力で抱き締められた。それが、たまらなく嬉しくて。幸せだと思った。部活動と共に駆け抜けるように過ぎた夏も。新学期、多くの学校行事で慌ただしく過ぎた秋も。どんな季節も、楽しく感じた。それは、語り合えるあなたがいたから。だから、なんとなくずっと。この状況が続くものだと思っていた。仕事でもプライベートでも。2人で過ごせる時間が。ずっと。「渡辺先生。」「はい。」帰り際、大輔は呼び止められた。教頭先生だった。「お話したいことがあるんですが、少し、よろしいですか?」「あ・・・はい。」拒否できるような雰囲気はなかった。「では、校長室隣の、談話室で。」大輔は、唇を噛んだ。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇長い、無駄に長い・・・。まとめる能力が、欠落してますな・・・。はぁぁぁぁ・・・。えと。終わり方は見え見えですね。捻りなくてすみません。次で終わるはず、うん多分。いいんだ、また『サピエンス全史』に逃避するから~(^▽^;)さよなら~