環境の変化に対する適応能力は、
決して高くない方だと思う。
教師の仕事は、
たとえ勤務する学校が変わろうとも
基本的には同じことだ。
授業、生徒への生活、進路指導
その他諸々。
だが、学校の方針や人間関係、
教師や生徒たちの雰囲気は、
学校によって全然違う。
様々なことを覚え、
新しい環境に慣れるまでに、
どうしても時間がかかってしまう。
もう少し、器用に立ち回れたら、
どんなに楽だろうとも思う。
慣れるのに時間がかかっていると、
やるべきことが遅れてしまって。
そして、仕事が滞っていく。
それでも。
「浜尾先生、この前の就業体験のお礼、
連絡してもらえました?」
「あ、はい。電話と手紙、メールで。」
最近は、今の環境にかなり慣れてきた。
聞かれたことにも、
事後報告で答えられる程に。
「そうでしたか。ありがとうございます。」
学年主任からそう言われて、
そっと微笑む。
良かった、少しは
仕事に追いついてきた。
すると、何かが目の前に転がってきた。
紙を丸めた、ごみのような塊。
犯人が誰かは分かっていて、
その人を横目で睨みつつ、開く。
中には、のど飴が1つ入っていた。
そして、皺になった紙には、
急いで書かれたと分かる文字。
『お疲れサマ。仕事、頑張ってるな。
でも声、少し枯れてる。風邪予防しとけよ。』
それから、下の方に。
『今日、来れる?』
一瞬、呼吸が止まる。
あれから、何度も。
誘われて、特に用事がなければ、
彼の部屋に行くようになっていた。
行って、何をするというわけでもない。
食事をして、話をして。
テレビを見たり、ゲームをしたり、
たまには映画を観たり。
あとは・・少し触れ合うくらい。
キスしたり体に触れられたり。
でも、それ以上はない、絶対に。
そうやって過ごす時間を、
京介は心地よく感じ始めていた。
そっと隣を見る。
と、彼の視線にぶつかる。
見られているのを感じながら、
飴を取り出し、ゆっくり口に入れた。
そして、小さく頷く。
『行く』
の合図。
彼がわずかに微笑んで
視線を外したのが分かる。
京介は、皺だらけの紙を
手に持って席を立つと、
シュレッダーに差し込んだ。
そこまで秘密にする必要が
あるのかはよく分からないけれど。
スマホや電話では、会う約束をしていない。
誰かに聞かれたり、痕跡を残さないために。
連絡方法は、メモのやり取りだけで、
それも読んだらすぐにシュレッダーへ。
「何で、そうなったんだっけ?」
今さらなのに、その質問を口にする。
すっかり慣れてきた、彼の部屋で。
「なるべく人に知られない方が良いからな。」
大輔が両手にコーヒーを持ってきた。
1つを京介に差し出しながら、
ソファの隣に腰を下ろす。
「同じ学校の教師同士の付き合いって、
周囲からよくは思われないし。」
コーヒーを一口飲む。
「大体そういう場合、
どっちかが異動になる。」
「そうだね・・・。」
「俺はまだ、一緒に
仕事していたいんだよ、まお先生。」
テーブルにカップを置くと、
京介の顔を覗き込む。
「だから、メモのやり取り?
小学生みたい・・・。」
それだって、誰かに見られそうだけど。
「まおだって楽しんでやってるだろ。」
笑ってそう言う彼を見たら。
結局、楽しんでるだけじゃないのかな、
そんな風にも思えてきた。
「別に楽しんでなんて・・・。」
肩に、彼の腕が回される。
「・・ねえ、僕たちって。」
引き寄せられて、彼の顔が接近する。
「付き合ってるの?」
接近が止まる。
「さあ・・・、どうなんだ?」
逆に聞かれて、答えに詰まる。
「え・・と。」
恋なんてしてないし、しない。
そう言って2か月近く。
それでいいよ・・・と言った彼に、
無理強いされたことはない。
軽く触れる以上のことはされない。
そのかわり。
それまで以上に、仕事を
さりげなくフォローしてくれたり、
体調を気遣ってくれたり。
メモを渡される時も、必ず
甘いものが入っている。
優しい気遣いと、
どこまでも受け止めようとしてくれる姿勢。
次第に、それが嬉しくなって。
彼となら、一緒にいても
大丈夫なんじゃないかと思ってしまう。
それが、『好き』ということなんだろうか。
彼に抱くこの思いが、『恋』なんだろうか。
「無理するなよ、まお先生。」
肩の手を外して、微笑む。
「俺は、こうして一緒にいられれば、
それで満足だから。」
「・・・嘘・・。」
口をついて出た言葉。
「なぜ?」
「だって・・・。」
京介は視線を逸らす。
「だって・・・いつも・・。」
分かってしまう、
彼の生理的現象。
「その・・・ごめん・・・。」
「やーらしいな、まお先生。」
彼が顔を近づける。
「どこ見てんだよ。」
「見てないけど・・・分かる・・でしょ・・。」
体が密着してたら、
伝わってくるから。
「何でそうなるかも、分かってくれてるんだ。」
「え・・・。」
「誰のせいで、そうなってるのか。」
顔が熱い。
コーヒーが熱かったからだ、きっと。
「そ、それは・・・。」
大輔の唇が耳たぶを掠める。
「先生が・・、その手で楽にしてくれる?」
「えっ・・。」
心臓が跳ね上がった気がした。
「あの・・それは・・。」
どうしよう。
何て答えたらいいのだろう。
その時、大輔の体が離れた。
ふっと顔に浮かぶ柔らかい表情。
「なんてな。冗談だよ。」
軽く目を伏せる。
「そういうことは、言わずに
スルーしておいてくれないと。」
「大ちゃん・・・。」
小さくため息をついて、
立ち上がる。
「コーヒー、冷めたから淹れ直すよ。」
向けられた背中。
さっき浮かんだ表情と一緒で、
どうしてだろう。
たまらなく寂しそうに見える。
待って。
「まお・・?」
今。
今、何かを
言わないといけないような気がして。
気が付くと、彼の背中に抱きついていた。
「まお、どうした?」
「あの・・あの・・ですね・・。」
彼が振り向こうとするのを、
慌てて抑える。
「振り向かないで。
顔を見ないで、聞いてくれる?」
彼の動きが止まった。
「あの・・、仕事の時とか助けてくれて、
そのおかげだと思うけど、だいぶ、
この学校にも慣れてきたんだ。」
「それは、まお先生が頑張ったから・・」
「いいから、聞いて。」
「・・・はい。」
心なしか、返事の声が
楽しそうに聞こえた。
「フォローとか、すごく助けられてる。
それに、その・・・。」
彼を掴む手に力が入ってしまう。
「いつも、受け止めてくれて、
あと・・・待ってくれて。ありがとう。」
背中に付けた頬がやっぱり熱い。
「恋・・かは分からないんだ、まだ。
でも、大ちゃん・・先生となら、もしかしたら、
その、やっていけるかもって・・。」
「なあ、ごめん。顔、見たい。」
そう言ったかと思うと、
彼が振り向いた。
コーヒーカップを下ろした両手で
顔を包まれる。
「あ・・・。」
「あのな、ごめん・・・。
俺もちゃんと言ってなかった・・。」
「え・・・?」
目の前に、彼の顔。
泣きそうにも見える、その笑顔。
「好きだよ、まお。」
彼が目を閉じて、
額を寄せた。
「本当に好きなんだ。」
「・・・うん。」
いつもの、どこか余裕のある彼は、
そこにはいなくて。
必死に訴えるような声が、
胸に響く。
この胸がざわめくような感覚。
『愛おしい』
ただ、その言葉が浮かんだ。
ざわめきが体中に広がって、
自然と彼の手に手を重ねていた。
「大ちゃん・・先生。」
「・・・何?」
微かに震えて聞こえる声。
「もっと、一緒にいたい。」
「まお・・・。」
大輔が目を開く。
「帰らないでも、いい?」
寂しさが消えて、
嬉しそうな笑みに変わる。
そして、子どもっぽい表情が浮かぶ。
「それは、俺はもう、
我慢しなくていいってこと?」
京介は笑った。
そして、
小さな声で。
小さく頷く。
「・・・うん。」
思い切り。
強い力で抱き締められた。
それが、たまらなく嬉しくて。
幸せだと思った。
部活動と共に
駆け抜けるように過ぎた夏も。
新学期、多くの学校行事で
慌ただしく過ぎた秋も。
どんな季節も、楽しく感じた。
それは、語り合える
あなたがいたから。
だから、なんとなくずっと。
この状況が続くものだと思っていた。
仕事でもプライベートでも。
2人で過ごせる時間が。
ずっと。
「渡辺先生。」
「はい。」
帰り際、大輔は呼び止められた。
教頭先生だった。
「お話したいことがあるんですが、
少し、よろしいですか?」
「あ・・・はい。」
拒否できるような
雰囲気はなかった。
「では、校長室隣の、談話室で。」
大輔は、唇を噛んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
長い、無駄に長い・・・。
まとめる能力が、欠落してますな・・・。
はぁぁぁぁ・・・。
えと。
終わり方は見え見えですね。
捻りなくてすみません。
次で終わるはず、うん多分。
いいんだ、また『サピエンス全史』に
逃避するから~(^▽^;)
さよなら~