The bigginig of love
京介は、タブレットの画面から目を離した。気が付くとランチタイムを過ぎている。周囲はすっかり空席になっていた。やっと自分の席にも慣れてきた、真新しいオフィス。同僚たちとも、幾分打ち解けた会話ができるようになってきた。だが、仕事に集中しすぎると、周りが見えなくなることがよくある。特に、ふっと浮かんだデザインが今の仕事のコンセプトに嵌ったりすると。あまりに集中して作業にのめりこむので、『息をしているか?』と周りに聞かれることすらあった。hard workは日本人の特性か?と笑う同僚も多いのだが。残業などしていなくとも、確実に結果を出してくる彼らに追いつくには、それなりの努力が必要だと思う。とはいえ、休憩しないと身が持たない。京介は眼鏡を外し、使い過ぎの目を指でほぐした。ふと、机の上の小さな花に目が行く。一輪だけフラワーベースで揺れている花。黒っぽい花弁。初めて見る花だった。「コスモスよ。チョコレートの香りがするの。変わってるでしょ?」朝、同僚の一人がそう言って置いていった。淡いブロンドをきっちりまとめ、さりげなくブランドのスーツを着こなす彼女。何か意味があるのか訝しんだが、他のデスクにも置いているようで、どうやら彼女の気まぐれらしい。「日本では『恋の終わり』って意味なんでしょ?」花言葉が、ということらしい。「ごめん、よく知らないんだ。」彼女は肩をすくめて去っていった。「・・・恋の終わり。」何気なく、ネットで検索してみる。・・・チョコレートコスモス、花言葉、日本。『恋の終わり、恋の思い出、移り変わらぬ気持ち』言葉が表示された画面を見たまま、動けなかった。恋の終わり。恋は、いつかは終わる。この関係も、いつかは終わりになるのかと思わず聞いたことがあった。「終わりは・・・」大輔の指が、京介の髪を弄ぶ。「始まりっていうだろ。」「何の?」見上げると、優しい瞳が見つめ返してくる。「そうだな・・・。」髪で遊んでいた手が京介の背中に回された。暖かい感触が背中を通して伝わってくる。「恋愛の『恋』が終わるなら、『愛』が始まるってとこかな。」大輔はそう言って、照れたように笑った。「何言ってんだかな。全く・・・。」「うん、ちょっとどうかと思う。」京介が笑って言うと、大輔が頭を軽くたたいてきた。「俺にこんなこと言わせてるのは、お前だろ。」「俺のせい?」わざと顔を近づけて、大輔の目を覗き込む。まだ、足りない。「当たり前だろ。お前じゃなきゃ・・。」大輔の手が、京介の頬を包む。「お前じゃなきゃ、こんなこと言わないよ・・・。まお。」そう、もっと聞きたい。どう想われているか、どれほど想われているか。教えてほしい。少しでも安心したい。自分勝手な願望だと分かっている。でも知りたいんだ。「愛しているよ。」優しい手が肌を滑って。唇はその後を追って。いつだって。京介が言葉にしなくても、彼は気持ちを言葉にしてくれる。そして、それで安心しようとする自分がいる。俺はずるいのかもしれない。自分の気持ちからは目を背けたまま。本当は、多分。誰よりも彼を想っていて。きっと気が狂いそうなくらい想っていて。でもそのことを知りたくない、知られたくない。「大ちゃん・・・。」名前を呼べば、また応えてくれる。その期待通り。大輔は、京介を強く抱きしめた。京介は顔を上げて、また花を眺めた。離れてみて、分かることもある。ただ、純粋に彼に会いたい。どう想われているは関係なく。それが答えだった。あれほど感じていた、愛されていたいという気持ちより、今は彼を想う気持ちの方が強くなっている気がする。大輔が幸せであってほしい。そして、そんな彼に少しでも会えたなら、それだけで嬉しい。恋は思い出となって。移り変わらぬ気持ちは、深い愛情へと変化していく。いっそ変わってしまえば楽なのに。京介は微笑んだ。無理だよな、きっと。想いは変わらぬまま、ずっとこの胸の奥に咲き続けていて。「愛の始まり・・・か。」チョコレート色の花弁に触れる。そっと匂いを嗅ぐと、かすかに甘い香りがした。◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇「コスモスの日」に書いてました。どこか暗いですよね~。