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「趣味はありますか?」と聞かれて、即答できる人はどのくらいいるだろうか。会社勤めをしている人の中には、この質問になかなか答えられない人が多い。そして「趣味っていっても、そんな時間ないから」なんて言うのだ。
【他の画像】
この「時間がないから」には、2つの意味がある。
・趣味をする時間がない
・趣味を見つける時間がない
似ているようで、この2つは全く異なる。
前者は「趣味はあるけど、実際にできる時間がない」というもの。それならば、過去の連載でもお伝えしたように時間を「作る」努力をすれば良い。やりたいことを我慢するのは、ストレスが溜まるだけである。
それに対し後者は「そもそも趣味を見つけられていない」というもの。ここで問題になるのは「見つけようとしているのか」という点だ。趣味なんていらないと思っているのなら何も言わないが、何か仕事以外に趣味を持ちたいのであれば、ただ待っていては始まらない。趣味を見つけるために、行動する必要があるだろう。
趣味に限らず、仕事だって同じだ。やってみたい仕事があるなら、待っていたって舞い込んでは来ない。自らつかみ取るために行動していかなければいけないのだ。
●嫌いだった読書が趣味になったワケ
かくいう私の趣味の1つは、読書である。読書なんて月並みかもしれないが、これでも年間100冊くらいは本を読んでいるのだから趣味と言って良いだろう。ビジネス関連が中心ではあるが、たまには小説やエッセイも読む。
しかし実家でそんな話をすれば、家族はきっと信じられないだろう。それくらい、私は読書が嫌いだった。これは小学校のころからずっとだが、夏休みの読書感想文なんて文末の「まとめ」だけを読んで書くような子供だったのだ。読み始めたところで、1~2ページめくれば飽きてしまうのが目に見えている。やがて私の頭の中から「本を読む」行為そのものが消え去っていた。
そんな私が読書を趣味と言えるレベルにまでなったのは、大学浪人で新聞配達をしていたころだった。仙台に住んでいた私は、浪人中まで金銭的に親へ負担を掛けたくないと思い、単身東京へ新聞奨学生として上京した。朝は4時に起きて朝刊を配り、10時ごろから予備校へ通って16時には夕刊を配る。多少遊びもしたけれど、新聞配達と勉強だけの毎日だった。
そんなある日、夕刊を配り終わった帰り道にある書店で1冊の本を手に取った。「800」(川島誠著)という800メートルランナーの学生を題材とした恋愛小説だった。私は大学まで陸上競技部に所属しており、高校では大会で800メートル走にも出場した。そのため、どこかに「本は読まないんだよね」という気持ちがありながらも、なんとなくその本に興味を持って購入したのだ。
内容は正直あまり覚えていないが、スピード感があってグイグイ読めたのは記憶している。読み終わったときに、
「本って、結構面白いじゃん」
と感じた。これが読書が趣味になるスタート地点だった。それからは月1冊の本を買って、勉強の合間に読むのを楽しみにしていた。やがて大学生になり、社会人となって今に至るまで、読む本の内容と量は変わりながらも、読書は私の大切な趣味の1つとなっている。ほかにもスポーツをしたり、映画を観るのも趣味だ。いずれもキッカケは「面白そうだからやってみた」「面白そうだから観てみた」ことから始まっている。
●仕事だって「面白そう」から始まっている
会社に初めて就職したときのことを、思い返してみてほしい。年代によって就職活動そのものは性質が異なっているものの「ずっとこの仕事をやるためだけに生きてきた!」なんて就職する人はいないはずである。
誰しも「やってみたい」「面白そう」なんていう気持ちで面接を受け、内定をもらって就職していく。ではこの「やってみたい」「面白そう」という気持ちは、どこからくるのか。それは目や耳に周囲から入ってくるイメージだ。
私が人材コンサルタントをしていたとき、離職理由のNo.1はイメージギャップだった。
・「こんな仕事だとは思わなかった」
・「やりたいことができる環境じゃない」
そんなことを口々に言いながら、仕事を辞めていく。しかし、これは当然といえば当然だ。なぜなら表面的なイメージ(企業・業界研究の深さによるが)だけで、数え切れないほどの企業(あるいは業界・職種)から1社を選んでいるのだから。それこそ宝くじを当てるようなものである。
もちろん賛否両論だと思う。自分に合わないから辞める……というのは、単純に決断して良いことではないのかもしれない。しかし場所を変えて「やりたいこと」が見つかるのなら、トライしてみる価値はあるのではないだろうか。
楽器が面白そうだと思って吹奏楽部に入ったら全くダメで、運動部に転向したら一躍スーパー選手として大活躍! なんてことだって、あり得ない話ではない。仕事だって、何が自分に合っているのか、自分が「やりたい」と思えることなのかは、実際に足を踏み入れてみなければ分からないだろう。
「面白そうだから、やってみる」
十分な理由じゃないか。そう思うなら、やってみれば良い。たとえ実際にやってみてダメでも、やりたくないことを惰性で続けているよりはずっと価値ある時間を過ごせると思う。なぜなら多くの選択肢の中から「選ぶべきではないもの」を1つ知ることができるのだから。
●子供は「チャレンジ」の手本
実は私には今年5歳になる長男と2歳になる次男がいる。フリーランスという仕事柄から子供たちと過ごせる時間は多いのだが、私は彼らの行動を密かに手本にしているのだ。お子さんのいらっしゃる読者は、1日子供を外に連れ出して、よく観察してみるといいだろう。
・公園に遊具があれば登ってみる
・ボタンがあれば押してみる
・他の子供が走っていれば一緒に走ってついて行ってみる
・とても持てない重い荷物を持ちたがる
・電車の改札でSuicaを「ピッ」としたがる
子供たちは、実に果敢にいろいろなことへチャレンジする。大人から見れば無理と思えることだって、恐れることなく挑んでいくのだ。しかしそこから喜びや楽しみを得て、子供は成長していくのではないだろうか。
うちの長男はとにかくエレベーターのボタンを押したがるのだが「開く」を押して他の人が乗るのを待っていると、高確率で「ありがとう」と言ってもらっている。そのときの得意げな顔を見ると、彼にとって「エレベーターのボタンを押す」という行動はとてもやりがいのあることなのだと感じる。
公園でお兄ちゃんたちがボールを蹴っているのを見て「僕も蹴りたい」と言うとしよう。そのことがキッカケで、もしかしたら息子がサッカー選手になるかもしれない。8月はロンドンオリンピックが注目を集めたが、世界で活躍するオリンピック選手たちだって、きっかけはそんな「興味」からのチャレンジなのではないだろうか。
大人になると、人は勝手に自分を拘束してしまう。リスクを恐れ、一歩が踏み出せない。どこに自分にとって「やりたいこと」「楽しいこと」が待っているか分からないのに、これは非常にもったいないと思う。
●やってみなければ、何も始まらない
海やプールは、入りたくなければ一生入らなくても生きていける。しかし泳ぎ方を教わったのなら、入ってみなければその知識や技術は無駄に終わる。ただ「泳ぐ」という楽しさを、ずっと知らずに過ごしていくだけだ。
「やってみなければ、何も始まらない」
脚を踏み出さなければ、前には進めない。ドアを開けてみなければ、その先の景色は分からないのである。どんなに有名な自己啓発書を読もうが、Webで情報を得て奮い立とうが、結局は自分自身が「やってみる」ことでしか変化は得られない。
ちなみに私の妻は、あまり運動をする方ではない。ヨガやピラティスに興味はあったが、時間もないと言ってやらずにいた。しかし先日から私と一緒にスポーツジムへ通うようになり、妻はヨガをはじめとしたプログラムに夢中だ。スポーツジムへ足を運ぶ回数は、むしろ私より多いのではないだろうか。友達を誘ったりしているし、なんだか家事や育児、仕事に追われる毎日の中に「楽しみ」を見出したようである。
当然ながら、今の生活に「やりたいこと」をプラスするのであれば、やはり時間の使い方が大切になってくる。1分1秒を大切にして、毎日を充実化させてほしいと思う。仕事においては、いわゆる「ノマド」と呼ばれる人々が時間を謳歌しているように見えるのではないだろうか。
私もその中の1人になるが、よく周囲からは「羨ましい」などと言われる。最近ではそういった働き方を目指して安易にフリーで働こうとする人々が多く見られるが、これにはちょっと待ったを掛けたい。確かに「時間」という面で、これほど自由な働き方はないだろう。しかし実態を知らずに飛び込むと、その時間すらも失ってしまう可能性がある。
そこで次回は、実際に「ノマド」「フリーランス」といった形で働く実体験から、メリットやデメリットを含めた実態をご紹介したいと思う。会社員であっても土日や会社以外の時間で“副業”を持つ人も増えているが、どのような働き方を目指すのかを考える上で、ぜひ参考にしてみてほしい。
[三河賢文,Business Media 誠]
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