雇用形態の違いによる賃金格差や若年層の失業率の問題など、現在、日本企業は雇用に関するさまざまな問題を抱えている。そこで、世界60を超える国と地域に5500拠点のグループネットワークを展開、人材サービスのイノベーションに取り組むアデコグループの日本法人、アデコ株式会社の奥村真介社長に日本における雇用について話を聞いた。
「現在、日本では正社員、非正社員といった雇用形態による目に見えない“区別”が存在しているが、本来は“働きぶり”によって評価されるべきではないだろうか」今年1月に代表取締役社長に就任した奥村氏はこう話す。
現在の日本の雇用制度では、働き方によっては、業務内容が縦割りで細かくモジュール化されている。そのため、いくらやる気があってもさらにレベルの高い仕事や、幅広い仕事に挑戦したくてもその機会が与えられにくい状況があるのではないか、と奥村氏は指摘する。
「働き方による区別は、“一生懸命やっても報われない”といった閉塞感を生み、仕事に対する労働生産性や発展性が著しく低下してしまう懸念がある。これは、日本企業にとって、ひいては日本にとって大きな損失だ。急速な少子高齢化とグローバル化が進む中、日本企業が国際舞台で競争力をつけるためには労働生産性の向上は必須課題だ」(奥村氏)
●働く人の労働生産性=スキル×モチベーション
日本の非正社員の賃金レベルは、諸外国に比べて高い部類に入る。それにも関わらず、仕事のモジュール化によって、スキルが高めにくくなっていることが、最大の問題だ、と奥村氏はみている。諸外国では賃金レベルはその人の労働生産性によって設定される。つまり、日本と比較して、頑張る人が評価されるような仕組みがある。一方、日本ではスキルと専門性が高くとも、雇用形態によっては、評価されにくい傾向にある。
これに対し奥村氏は「労働生産性が低い人の賃金レベルを諸外国並みに下げるというのではなく、労働生産性を向上させる施策を講じることが重要だ」と話す。そのために人材サービス企業として尽力すべきことは、スキルとモチベーションの向上だという。
「労働生産性はスキルとモチベーションの掛け算で決まる。スキルが高くても、モチベーションを上げにくい状況では、労働生産性を向上することは難しい。それに対し、私たちは、派遣社員が派遣先で最大の労働生産性を発揮できるよう、モチベーションを上げるサポートと施策を強化している」(奥村氏)
例えば、同社でホテルのルームサービスを担当している同社派遣社員の話がある。
そのホテルでは、顧客がルームサービスを頼んだ際、パンを自由に温めることができるようオーブントースター貸し出している。ところが、ある日常連客がルームサービスを頼んだ際トースターが稼働せず、そのことをフロントに訴えたが納得のいく回答が得られず、常連客はそのホテルを利用するのを止めてしまった。実はトースターが使えなかったのは、客室の主電源が入っていなかったからだった。
それに対し、アデコではそのホテルのルームサービス業務に派遣社員が従事する際「あのホテルの客室の主電源は分かりにくいところにある。お客さまが電気を必要とする場合も多いと思うので主電源を確認し、必要に応じてお客さまにお伝えするように」とアドバイスした。
派遣社員が現場で実践したところ、顧客が感動し感謝の言葉をホテルの支配人に届けた。派遣社員は支配人から高い評価を受け、その結果、本人の仕事に対するモチベーションが上がった。ただ担当業務をこなすのではなく、その目的は何なのか、そのためには何が必要か考えることによって仕事に充実感が生まれ、結果として、労働生産性も大幅に上がる。
「仕事上、もし分からないことがあれば、派遣先で聞くように」と言って派遣社員を送り出すのではなく、その仕事の前後の工程を含めた全体像や自分が果たすべき役割を明確にし、職場の状況などを事前にできる限り把握し細かくアドバイスした上で送り出す方が、モチベーションが上がり、先方でより高い労働生産性を発揮できるという。
●あらゆる人材サービスをワンストップで提供
世界最大の売上げ規模を有するアデコ(※注)が、日本で事業を開始したのは1985年のことだ。2011年のアデコグループにおける日本の売上比率は7%で、フランスの29%、北米、イギリス・アイルランドなどに次いで、5位の位置にある。日本国内には160拠点、1日あたりの派遣就業者は約4万4000人である。
現在アデコでは従来からのコアビジネスである「人材派遣」に加え、「人材紹介」「再就職支援」「アウトソーシング」「人事コンサルティング」といった幅広い人材サービスをワンストップで提供している。
また、紹介予定派遣にも力を入れている。紹介予定派遣とは、直接雇用を前提に、最長6カ月の期間、派遣社員として勤務し、本人の能力や適正を企業側が見極めると同時に働く側も仕事内容や企業との相性を見据えたうえで入社するシステムだ。一方、派遣社員自身も入社後「こんなはずではなかった」といったミスマッチを生じることを回避できる。
さらに、アウトソーシングでは多大な事務処理を行う事業の運営を一手に請け負ったり、大規模な施設の立ち上げから携わり、施設の導線のデザイン、人財採用、トレーニング、実際のオペレーション、改善などを品質管理の手法を用いて行う。人事コンサルティングでは、企業のニーズをヒアリングし、適正要員の計画策定から人事施策の企画、立案、評価、コーチング、各種社内研修など人事部門の最適化を支援している。これらのさまざまな人材サービスをワンストップで提供できるのが、同社の強みとなっている。
奥村氏は1990年3月に大学を卒業後、富士銀行(現、みずほフィナンシャル)に入行し、葛飾支店などを経て7年後に退職。その後、外資系の銀行や米GEでの財務責任者、営業統括責任者を経て、2007年アデコに入社という異色の経歴の持ち主だ。
アデコ入社以来、人財コンサルティングの営業活動を強化するなど、さまざまな業務変革を実行してきた。また、社内においても、社内業務プロセスの再構築や、営業担当者向けの社内資格制度を導入するなどの改革を行っている。
「かつて、金融やメーカーで働き、周囲から“奥村さんと一緒に働けて良かった”と言ってもらえることが最大の喜びで、“人と関わる仕事こそが天職だ”と感じていた。そのため、人を大切にするアデコの仕事は、自分に最も合っているではないかと感じている。さらに、成長が鈍化していると感じる日本企業が人事面で抱える“人”の問題を解決したかった」奥村氏は、アデコへの入社を決断した理由をこう話す。
「特定派遣に関しては、IT・エンジニアリング分野の充実を図るため、今年1月に、同分野に特化した派遣事業を展開してきたVSN社を傘下に収めた。より専門性の高いサービスを提供していく」(奥村氏)
VSN社は、IT・情報システム、エレクトロニクス、メカトロニクス、バイオテクノロジー、ケミストリーの分野に対し、正社員のエンジニアを派遣してきた人材サービス企業だ。現在、品川区にある同社の天王洲トレーニングセンターでは、ものづくりの基礎や機器の製造を一から学べる学習用の製造ラインを用意し、全くの未経験からエンジニアを目指す人財育成も行っている。また、ITエンジニア向けには、開発用サーバなども用意している。職業訓練校のような施設を用意し、まさにエンジニアを一から育てているのだ。
「経験値が高くない人に対しても教育を提供し、就業支援を行うことは、労働生産性を上げる基盤に繋がると考えている。その点で、人財を一から育てることもわれわれの重要な使命だ」と奥村氏は話す。
今後奥村氏は人材派遣業務に関しては、派遣先が変わっても仕事の実績が蓄積されていくような仕組みを確立していく計画だ。
「労働意欲のある人が、年齢や性別、雇用形態などによって制約されることなく、やり甲斐をもって仕事に取り組め、過去の実績やスキルに応じて正しく評価されるよう、日本の雇用の改革に挑戦していきたい」奥村氏のチャレンジは始まったところだ。
(※注)CIETT(国際人材派遣事業団体連合)「The agency work industry around the world 2012 Edition」による。
●プロフィール:アデコ株式会社 代表取締役社長 奥村真介(おくむら・しんすけ)氏
早稲田大学教育学部卒業。国内、外資大手金融企業を経験後、米GEのヘルスケア、法人金融部門等を経て、2007年にアデコ株式会社に入社。常務取締役、取締役副社長を歴任し、2012年1月社長就任。人材派遣、人材紹介などのサービスを通じて若年層からエキスパート(中高年齢者)人財に至るまでの就業支援を実施。2011年経済同友会幹事。2012年一般社団法人EAPコンサルティング普及協会の副理事長。
(ITmedia エグゼクティブ)
まず、モチベーションが上がるような仕事を。。(~_~;)