ある日のこと。
同僚に向かって、大きな声で何かをまくしたてている年配の男性がいた。
その手には空き缶。
それをわざわざ同僚の目線の高さまで持ち上げている。
何やら不穏な空気。
私は少しずつ二人に近づいていった。
近づくにつれて、話の全貌が見えてきた。
どうやら男性は、外に空き缶用のダストボックスがないことに腹を立てて意見しているようだった。
同僚は不満そうな表情を浮かべつつも、反論せずに黙って話を聞いている。
結局、男性は空き缶をやや乱暴に同僚に押し付け、同僚も渋々それを受け取った。
じっとその様子を見ている客の姿。
客の気をこちらに逸らし、この理不尽に正義を突きつけるために、私はその場へ割って入ることにした。
「どうしましたか?」と声をかける。
同僚は事を収めようとして「大丈夫、大丈夫」と言うが、どう見ても大丈夫な状況じゃない。
私の声を聞いた男性が、標的をこちらに変えて言った。
「外に空き缶を捨てるところがないじゃないか!」
私は同僚から空き缶を受け取り、男性の目に見える位置にしっかりと掲げて答えた。
「そうなんです、うちには空き缶を捨てる場所も、ゴミ箱もないんです」
「なんでだ! おかしいだろぅ! どこにでもあるものだろ!?」
男性の言い分はこうだ。
店の中で冷えた缶コーヒーを買って飲んだが、捨てる場所がないから店の外の自販機に向かった。
しかし、どこの自販機の横にもあるはずの空き缶入れが無いことに腹が立った、ということらしい。
うちの店の外にある自販機の横にも、以前は空き缶入れがあったのだ。
しかし、利用者のマナーの悪さから業者よりクレームが入り、撤去が決まった。
だから今は何も置いていない。
それが事実だった。
男性はまだ怒りが収まらないのか、さらに声を荒らげる。
「ここの店で出たゴミなのに、捨てる場所がないのはおかしいだろ!」
その瞬間、私の心の中で激しいツッコミが飛んだ。
(店が出したゴミだとでも? 違うだろ! お前が出したゴミだろ!!)
しかし、そこはぐっとこらえ、男性に言った。
「そうですよね、おかしいですよね。でも、マナーの悪い方がおられたので、撤去されてしまったんです」
すると、男性は徐々に納得がいきだした様子で、こう呟いた。
「そうだなぁ、どこにでもマナーの悪い人間はいるな!」
再び、私の心の中の怒りが爆発する。
(マナーの悪い人間はいる??? 他人事ですか? お前が出したゴミを他人に無理やり押し付けたことは、マナーが悪いとは言わんのか!!!?)
私は再び怒りを胸の内に収め、男性に見えるように空き缶を持ち直した。
「そういう理由で捨てる場所はありませんので、持って帰っていただけますか?」
試しに、そうお願いしてみた。
男性は複雑な顔で空き缶を見つめたまま、何も言わない。
(「持って帰れ」と言われて嫌だなと思っているのだろう)ということはこちらにも分っている。
だから、そこまで待つ必要はない。
あまり間を置かず、私は言葉を重ねた。
「今回はこちらで引き取りますが、次からは持ち帰ってくださいね」
男性は「わかった」とだけ小さく言って、そそくさと店を出ていった。
出ていく後ろ姿に向かって、私は笑顔で、相手にしっかり聞こえる声で告げた。
「ご協力ありがとうございます!」
出ていく後ろ姿を見送りながら、同僚はホッとした顔をした。
私は彼女に向かって、「嫌なジジィだったね!」と、あえて大げさに怒った顔をしてみせた。
すると、彼女の顔に少しだけ、苦笑い混じりの笑顔が戻った。
その後は、何事もなかったかのように普段通りに仕事をこなした。
とはいえ、私の怒りはそう簡単には収まらない。
バックヤードで他の同僚にことの顛末をすべて聞いてもらった。
法律でどうのこうのもあるだろう。
それでなくとも態度が云々カンヌンでと言って本社にクレームが入りこっちが叩かれるかもしれない。
それでも、完膚なきまでの「言葉の正義」を叩き込んでやりたかった。
その日はその後も、なぜか変な客が続いた。
接客業は、日々ストレスとの闘いだ。
理不尽に耐え、笑顔の仮面を被り続ける毎日だけど、これだけは言わせてほしい。
店員だって、人間だもの。