その先輩とは結局僕が高校卒業して間もなくの4月に会ったの最後。


それまでの素振りから付き合ってもらえるわけがないと思っていたが、

このままじゃどうにも気持ちの整理がつかない。


結果として二人で会った最後となった日に、勇気をふりしぼって、

「好きだ。付き合ってくれ」っていった。


「いい人だし、あなたといると楽しいけれど、弟みだいだよ。」ってさ。

今、考えればうまく逃げられたけど、当時は悲しいような嬉しいような。


その後、数回電話で話したけれど、それっきり。


その人のことは、今でもごくたまに想い出す。


ネットが普及してきたころには名前を検索してみたり、

mixiに登録したら、友達検索してみたり、

もちろん見つからないんだけどね。



色々な人に大変に失礼なことかもしれないけれど、

自分が「好き」だと思った人に、アタックして成功すると

なぜか気持ちの盛り上がりが急に萎むことが多かった。


逆に、叶わぬ恋の方が後々まで想い出が残る、ということなんだろうか。。

その先輩への想いはとうとう卒業するまで続いた。

とはいえ、成就することはなし。


その先輩が卒業する頃、そして1年後僕が卒業する頃、

数回ずつお茶を飲んだだけ。もちろん何もなかった。


ビリヤードに映画に、喫茶店と。

今考えれば微笑ましい位のデートをしただけ。


僕は卒業祝いにセーターを。

先輩は卒業祝いにハンカチを。

今でもそのハンカチは家にある。


高校在学中、何人かの女の子とデートや

お付き合いもどきをしたけれど、

やはり心にはその人がいた。


その先輩が住んでいた町や当時の高校に数年に一回行くと、

いるわけないのに、その先輩を探している自分がいる。


元気なのかな?






恋する気持ちは上昇一途。


名前はなんていうんだろうか。

2年なん組だろうか。
彼氏はいるのだろうか。


頭の中は、そんなことばかり考えていた。


そのころ、部活の一人の先輩と仲良くしてもらっていた。


当時グランドが使えない日が週に2日ほどあり、

その日は学校の周りをランニングや筋トレ。


ランニングも結構な距離を走るので、各々差がつく。

僕は割と早い方だったので、数十分みんなを待つ立場になっていた。

その仲の良い先輩も僕よりさらに早くランニングを終えていた。


ある日、いつものように、先輩が一番、僕が二番でランニング終了。

校門の脇で二人でぐったりしていたとき、その人が通った。

そして、驚くことに、その人は先輩に話かけてきたではないか。


初めてその人の声を聞いた瞬間だった。

先輩はその人と同じクラスだったのだ。

まだひとこともしゃべっていないけれど、とてつもなく嬉しかった。



いったん気になる人ができるととことん気になる年頃。
通学途中や学校の中で知らず知らずのうちにその人を探していた。
朝を除いては広い校舎でそうそう見かけることはなかった。
でも、たまに見かけるとそりゃ嬉しかった。


僕は高校時代もラグビー部。
練習の時にはさすがにそんなことを忘れて没頭していた。
ところが、ちょっと休憩中に隣接するテニスコートを見てみると、
なんとその人がテニスをしているではないか。
そう、その人はテニス部だった。


割合早い時期に同じ部活の仲の良い友達には話していた。
そいつに見てもらう良いきっかけかと思い早速教えると、
「かわいいかぁ?」そんな言葉が返ってきた。


僕は結構一目惚れするタイプなんだけれど、
周りにいわせると「かわいくない」ことがほとんど。
これはその人に限ったことではなく、
それ以前もその後もそういう傾向があった。


ただ周りになんといわれようが、僕の恋心は上昇一途だった。


高校1年生の秋ごろ。


電車通学していた僕は駅から学校までの道のりで恋をした。
最初は気にもとめていなかったんだろうけれど、
毎朝見る顔を、見かけない日があるとそれだけで悲しい気分。


別に何をしようというわけではないけれど、
徐々に大きくなりつつある恋心を自分でも自覚していた。


同じクラスにはいない、同じ学年にもいない。
あの人は一体何年生だろう、なんという名前なんだろう。
そんなことを考えながら通学するのは楽しかった。


次第に校内でもその人を無意識に探すことになっていた。
名前も知らない、学年も知らない、その人にいつしか夢中になっていた。


ポニーテールのとてもよく似合うその人。

名前を知るのはしばらく後。
初めて話をするのはもっと後。


高校1年の秋から3年までその人に夢中になっていた。

そう、中学の同級生がAV女優になっていた。


見てはいけないものを見てしまったという感覚と、
見たいという感覚が入り混じっていて不思議。
なにしろ学年でも目立つかわいい子だったから。


僕たちは恥ずかしさを抱えながらレジに向かった。
もちろん「ロッキー」も同時レンタルだ。


僕らはうちに着くや否や会話もせずにビデオをセット。
出てきた画面には卒業から数年ぶりの大人になったその子。


アダルトビデオなど別世界のことだと思っていたこと。
それが突然身近に感じた瞬間でもあり、
その子がこれまで以上に遠い存在になった瞬間でもあった。


二人でAVを見るというのが恥ずかしく、
見たいという友達にビデオを譲ってその日は終わり。
お互いある種のショックを受けていたんだろうな。


数日後、ダビングされたビデオを持ってきた友達と
その子の出てるほかのビデオを探しに行った。
ほかにも数本出演した作品があったが、借りなかった。
いや借りられなかった。


恥ずかしいけれど、ダビングされたビデオを僕は何度も見た。
多くのAV女優が話題になった時代だった。
だけど、罪悪感もどこかに感じてはいながら、
もちろん僕にはこれが一番の想い出のAV女優。


それから十年後。
ネット検索でDVD化されているのを発見した。

家にビデオデッキがなくなって数年、
僕ははじめてアダルトDVDを購入した。


嫁もこどももいるからそうそう見れないが、
年に1度位今でも見ている。



高校を無事卒業して大学に通い始めた頃。


中学校時代の友達から、久しぶりの電話、その声はなぜか興奮気味。

一緒に行ってもらいたいところがある、友達はそういうとすぐに呼びにきた。


一緒に向かった先はビデオレンタル店。

中学校のそばにあるその店に僕は時々通っていた。

もちろん、まっとうな映画観賞するために。


入っていったのは、禁断のアダルトコーナー。

当時はそのコーナーに入るにも、いくら友達がいるとはいえ心臓がバクバク。

僕はてっきり一人じゃいけない友達が付き合わせたのだろうと思い、

初めて入ったアダルトコーナーをしばし探検。


ところが、友人が火照った顔でひとつのパッケージを僕に差し出す。

「なんだこれ」と思い、それをじっと見た瞬間、僕の胸の鼓動は最高潮。

そう、同級生。中学校の同級生。


顔も可愛く、クラスでも人気のあった同級生。

大きな胸が当時でも話題になっていた同級生。

僕の友達と付き合っており、うちにも遊びにきたことのある同級生。


その子がAV女優になっていた。







秋になる頃には、段々と電話をすることもなくなり、話をすることも無くなっていった。

そして、学校に来ることも少なくなっていった。

後から考えれば、家庭の事情や友達関係に相当悩んでいたようだが、

僕とはそんな話はせずにバカ話ばかりだった。


嫌な予感はしたし、何度か「何か困ったことがあるのか?」と聞いたが、

「別に」と明るく振る舞っていたのでそれっきりになってしまった。

悩みを相談したかったんじゃないだろうか、自意識過剰ではあると半分分かってはいつつも

助けてあげることができたのではないんだろうか、という後悔は今でもある。


その一方で、いくら友達でもその中にどっぷり浸かることを避けていたような気もする。


学校に来たりこなかったり、来ても先生に反抗したり、かなり目立つ行動をしていた。

とっていも、僕とは普通に話してくれたけれど、2年以降は同じクラスになることなく、

そんな機会もなくなっていた。

結局、その子は「普通」に戻ることはなく卒業していった。


その子と会うことも、見かけることもなくなった。

次にその子を見かけたのは、自宅近くで信号待ちしていたタクシーに乗ったその子だった。

僕はその子の激ヤセ振りと顔の青白さに愕然とした。

もうすぐ20歳になるという位月日は経っていた。


そしてその驚くはそれでは終わらなかった。


タクシーで見かけたその子のことが気にはなっていたが、連絡することもなかった。

何気ない日常を送っていた僕に1本の電話がかかってきたのは、

タクシーを見かけてからそれほど日にちが経っていなかった。


1本の電話は中学校時代の友達。

「久しぶり、今何してんだ?」と一通り話した後、

「○○が死んだ、お通夜は明日○○で6時から」。

そう、その子は死んだ。

その言葉を聞いた時の心臓の鼓動の高鳴りを今でも覚えている。


脳腫瘍。


身近な人間の死で「死」というものに割と抵抗感がないと思っていた僕に

同年代の人間でも死ぬという事実を付きつけられた最初の経験だった。


中学1年の秋、夏が終わり涼しくなってきた頃。仲の良い女の子がいた。

近隣の三つの小学校の卒業生が通う中学にあって、

それ以外の小学校から来たいわゆる「転向組」。


その子は、ちょっと不良っぽいところがあり、男っぽいところもあり、

女の子のグループの中ではリーダー格。

そんな女の子がなぜか僕に色々話しかけてきてくれた。

そして、たいした話もないのにお互い電話をするようになった。


その子には好きな子がいたし、

僕もその子のことが「女性」として好きであったわけではないが、

なんとなく話をすることが楽しかった。


当時、僕の家は母親は仕事の帰りが遅く、

週に2回は12時近かったのではないだろうか。


僕はそれをいいことに、その子と週に1~2度、

夕食を食べ終わってから長電話をした。


といっても中身は「だれだれがかっこいい、かわいい」「宿題やった?」など他愛のない話。


ただ、その子は夏休みごろから「不良」といわれていた上級生たちと

遊ぶようになっていたのが気になった。


気になっていたことが現実になるのにそんなに時間はかからなかった。

期待に反してというより、状況を考えれば当然の結果で、

帰ってきた返事は「ごめんなさい」。

強がっているだけではないけれど、手紙を出すだけでもドキドキなのに、

二人で一緒にどこかへ、なんてことになっても、どうしたらよいのかわからない。

ので、まあ良しとしよう。

でも返事である手紙には小学校の時は楽しかったね、などと書いてくれていた。

それもしばらくは僕の宝物だった。


それから、その子に会うことはなく、

たとえ会ったとしても「気まずさ」が残っている僕にとっては、

かえってその方がよかったのかもしれない。


その子に久しぶりに会ったのは、僕が高校に入学し、電車通勤を始めた頃。

駅まで向かう途中だった。高校生になった彼女は数段奇麗になっており、

しかも私立のお嬢様学校に行っていることも手伝って、

何だか手の届かないような感じにさえ見えた。


ただ久しぶりに会ったその時、その子は僕が持ち続けていた「気まずさ」とは裏腹に、

短い時間に一生懸命いろんなことを話してくれた。

僕にはほかに好きな子もできたいたので、

「好き」とかいう感情は当時は持っていなかったが、楽しかった。


数回、駅まで行くのが一緒になったけれど、

学校へ行く時間を変えざるをえなかかったから、

次にその子にあったのは、それからさらに数年後になってしまった。