地震が発生したとき、私は仁川空港に向かうバスにのっていました

バスの中で地震発生を知りました

姉は岩手に、家族が山形にいるので、気が気じゃなかった・・・

空港に行くと、成田空港が閉鎖になりました。と言われ、航空券を変更してもらい、すぐ市内に戻った

その日はプラザホテルに泊まることができた

彼とも連絡が取れ、仕事が終わるとすぐに会いに来てくれた

彼は地震のことをあまり知らないようだったが、ニュースを見るとその悲惨さに驚いていた

私が家族の安否がとれていなくて元気がなかったから、こんな時こそ食べようとたくさん食事を買って持ってきてくれた

心細かったけど、どこか、本当に心強かった

翌朝になれば、安否確認とれるかなと思って寝たのに、朝になっても安否がわからず、初めて泣いてしまった

彼は泣いちゃだめだ。泣いたら駄目!と励ましてくれた

12日の午後帰ることができ、金浦空港に行くと親から電話があった

無事だよと。ただお姉ちゃんはまだわからないと。

彼にそれを電話で伝えながら、空港で泣いてしまった。

泣いちゃダメだよ。大丈夫だから!!と。

無事、帰国することができた。

羽田空港に着いたとき、韓国からの救援隊の方たちが何人かいらっしゃった。

海外から、救助に来てくれるなんてなんてありがたいんだろうと感謝の気持ちでいっぱいだった

帰国後、すぐにおねえちゃんからも無事だったけど、まだ停電していると連絡が入った。

何とか家族の無事を知ることができたが、被害の大きさに喜べなかった

この先、どうなるのか。。不安でいっぱいだ。

彼の友人も心配してメールをくれた

少しでも早く被害に遭われた方々の傷が癒えるように心からお祈りしたい

また、私たちができることを精いっぱいして、被災者のために頑張りたい

電車が少なくても、電気がつかなくても、食べ物が十分じゃなくても、被害に遭われた人のことを思えば、ちっとも苦じゃない

私たちは、今まで便利すぎる生活に慣れすぎていたみたいだ

力を合わせて、困っている人のために頑張ろう!