みなさん、いかがお過ごしかどうか言いたくて仕方ないのはわかりますが、牛乳を口いっぱいに含んだままだんまり決め込むのやめてください( `_ゝ´)
 
 
 
きっくすが過去数百回に渡り、いかがお過ごしですか?いかがお過ごしですか?って聞き続けてきたことは認めます。認めますよ。でも、だからと言って、いかが過ごしていたかどうかを砂浜に大きく木の枝で書いて、大きい波が来たら二人で逃げながらキャッキャするのやめてください( `_ゝ´)
 
 
 
え?最近ですか?( ´_ゝ`)
 
 
 
んー、あれかな。
 
 
 
別に、かな( ´_ゝ`)
 
 
 
ちょっと煮詰まっちゃってね。
 
 
 
出来ることと、やりたいことって、もちろん違くて、頭の中のことを言葉に出したり絵で描くことって、もちろん難しい( ´_ゝ`)
 
 
 
あれだけアイデアや空想が無限に溢れだして来ていた中二病の頃のきっくすからは沢山成長して、考えなくていいことは考えなくなったし、考えなきゃいけないことも考えられなくなっていく。
 
 
進化なのか、退化なのか。
 
 
 

ここから、もう一越えしていかないとね。
 
 
 
気付いたら、時間は過ぎていくから。
 
 

気付いたら、僕は電車のつり革に捕まっていた。
どうやら眠っていたみたいだ。
 
 
近年稀にみる労働環境の悪化の波は我が社にも押し寄せ、給料のつかない残業に明け暮れる毎日だった。
 
 
 
自営業の父と、週3日ほどのパートで家計を支えてくれていた両親にとって、三男坊の僕だけ大学に行くということなどおこがましい気持ちもあったが、両親は1度も反対の言葉を吐いたことがなかった。
 
 
そのお陰で、こうして大学を立派に卒業し、、、第一希望ではないものの、、、立派な会社へ就職もでき、、、
 
 
 
毎日血ヘドを吐いて働く僕。
 
 
営業先からは「うすのろ君」と呼ばれている僕。
 
 
同僚からは影で、なぜ彼と僕が同じ給料なのか、と愚痴をこぼされる僕。
 
 
 
これが夢にみていた社会人生活。
 
 
 
陰湿な言葉、聞かないふりをしていないか。
 
 
 
これが正しいと、心にできた深い傷を、見て見ぬふりをしていないか。
 
 
 
それでもニコニコ笑う親の顔を見たか。
 
 
 
影で泣いている親の声を聞いたか。
 
 
 
僕はほんとうに、、、
 
 
これを夢見ていたのか。
 
 
 
 
つり革をぐっと握り込み、二の腕に乗せた顔から窓の外をぼんやり見つめる。
 
 
軽い違和感が襲う。
 
 
 
見慣れない風景。
 
 
 
いつも見ているオフィスや商店の町並みではなく、やけに緑が多い。
 
 
遠くには山らしきものも薄く見える。
 
 
 
少しずつ意識がはっきりしてくると、すぐに気がついた。
 
 
つり革も、座席のシートも違う。
 
 
内装も、中吊り広告の雰囲気も全然違う。
 
 
 
ここはどこだ。
 
 
 
「次はぁ、加々尾、かがお、お出口右側です。」
 
 
聞いたこともない地名だった。
 
 
 
ケータイで調べてみるとそこは東京からは500キロほど離れたとある田舎だった。
 
 
 

 
どういうことだ?
 
 
 
ふと暗くなる画面の隅を見てさらに混乱する。
 
 
 
1999年、3月4日、
 
 
 

 
しばらく思考が止まり、ぼーっとしてしまう。
 
 
ここは18年前の加々尾、なのか。。。
確かに、一昔前の雰囲気だ。
 
 
ここは、過去?
 
 
 
過去に、来てしまった?
 
 
そんな馬鹿げたことあるはずない。
 
 
そうこうしている間に加々尾を過ぎる電車。
 
 
僕が気付いたときには加々尾過ぎていた。
 
 
加々尾、過ごしていた。
 
 
 
いかがお過ごしかどうか、きっくすが聞いてくれないからって仕事バックレて過去にまで行くのやめてください( `_ゝ´)
 
 
ほんとにやめてください( `_ゝ´)