UPしようと思って忘れてたネタ(^^ゞ
読売新聞朝刊にて「日本の100年」という題で連載されているオリンピックの歴史。
ちょこちょこ読んでいたのですが、ある日の記事でバレーボールに触れられてました。
記事読めるかな?
読めない人もいるかもしれないので記事起こし。
『日本の100年』 “第5部 反ドーピング5”
1984年ロサンゼルス五輪で、日本選手団にとって衝撃の展開が待っていた。
開幕早々、男子バレーボールのエース、田中幹保が興奮剤エフェドリンに陽性。続いてセッターの下村英士が、五輪で初実施された男性ホルモン、テストステロン検査の陽性第一号となった。五輪史上、日本選手の「陽性」が記録に残ったのはこの2人だけ。「エースが出られないなら終わりだと、前進の力が抜けた」日本バレーボール協会の松平康隆名誉会長は振り返る。
田中は、検査から4日後、風邪薬が原因とする釈明が認められ、国際オリンピック委員会(IOC)は薬を渡したトレーナーのみを処分した。だが、下村には、長い戦いが待っていた。
「僕ら選手は、ドーピング検査はリトマス紙でやるのか、と思っていたぐらいで。監督から『覚えがあるか』と聞かれ、『何のことですか』常備薬さえ持参していなかったので、おかしい、と」下村が言う。IOC医事委の事情聴取で「再建さしてもらってもいい」と訴えたが、無駄だった。
テストステロンはもともと体内にあるホルモン。体質のせいで高い場合もあるらしい、と聞いた松平は「このままでは犯罪のように世間から扱われかねない」と下村の所属先の協力を得て、帰国直後に徹底検査を行う手はずを整える。
柔道の山下泰裕の優勝の余韻をよそに、下村は「忘れもしない」とうい東京都大田区の大学病院へ。外部との接触がないことを示すため、個室に完全隔離し、IOC医事医院の黒田善雄らが検査に当たった。
「尿は全部容器に入れて分析へ。ホルモンを作る副腎などや、それを指令する脳まで検査した」と下村。3週間に及ぶ時間を経て、"意外な結果”が浮かび上がった。
要約もせずに、そのまま起こしてやった(爆)
ロス五輪の時にこんな事件があったなんて全く知りませんでした。
しかし、朝から記事の中に「下村英士」の名前を見つけた時の私の驚き(笑)
この記事には続きがありますが、もったいつけて次回にしてみよう^m^
