震災から1年経って改めて思うこと ブログネタ:震災から1年経って改めて思うこと 参加中
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 もう1年ですね。私の学生時代に過ごした町が、仙台。そして、前職をすごしまた町が福島市。友人、知人の苦労は計り知れず、その傷はまだ癒えていません。
 まず、一番はじめに思うのは、「がんばろう東日本」。なにこれ。誰が言い出したの?地震や津波でぼろぼろになった人たちに、「がんばれ」って何?何を頑張れって言うんですか!!!!
阪神淡路の震災のときに、オリックスが、「がんばろう神戸」といっていた。これはいいです。だって、神戸の人たちが自分で、自分を励ますために言っているのだから。もちろん、今回、楽天のチームが「頑張ろう仙台!」なら納得します。「頑張ろう東日本!」なんていいながら、福島の野菜は暴落。他の産地のほうれん草が200円のときに、100円ですよ!!
 以前、はやった安達祐美の「同情するなら金をくれ」がもっともすばらいしスローガンです。
 次に、現場にいない人間が後になって、現地の人々の行動をあざ笑うかのように批判すること。これもいやでしたね。放射能を嫌って、関西や沖縄に逃げた人がいた。これを捕らえて、短絡的と笑う論調が目立ちました。そりゃ、あとから見れば、起きなかったことは100%起きなかったことだから何でも言えますよ。でも、もう一度、原発が朴初していた可能性たっであったんですよ。わたしは、そのときの判断は、その人にとって最善と信じています。そのときの行動はそのときにもっている情報に基づいてなされているのですから、後から、現場の人が持ち得ない情報もあわせて判断した結果からこれを批判することは出来ないはずです。現場での行為のルールと、事後的になされる評価のルールは当然違ってくるはずなのです。
 最後に、とにかく、現地に足りないのは、なんと言っても仕事です。きれいごとをいうんだったら、とにかく、現場に工場でも、事務所でも何でもどんどん建てて雇用を確保してくださいよ。支援物資はもちろん大事。でも、仕事がなくちゃどうして生きていけますか。
 ぶつ、ぶつと失礼しました。



そもそもホワイトデーって必要? ブログネタ:そもそもホワイトデーって必要? 参加中
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 不要でしょ。そもそも、バレンタインデーにチョコレートって何?アメリカでは、男女を問わず、感謝の意味をこめてプレゼントしあう日とか。これが、日本では、女性からのチョコレートを贈る日となってしまった。男性は一般にチョコレートをあまり好きではないのに。そして、義理チョコ。義理であまいチョコを食べるなど苦痛でしかありませんよね。
 そして、おまちかね、ホワイトデー。これって何?日本的といえば日本的です。義理でお返し、、ですか。
クッキーとかいろいろあるけど、義理のお返しだから、そんなにおいしくないお返しになっちゃいます。ごめんなさい。
 その結果、どちらも食べたくもないチョコやクッキーを食べさえられる結果に。やめませんか。といっても、やめられませんね。だれかがあげている以上やめられないのが、日本人のメンタリティーなんでね・・・。


男女の友情は成立する?  ブログネタ:男女の友情は成立する?  参加中
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 異性でも同じ人間なので、信頼関係は当然成立しますよね、そして、これが進むと異性であってもより深い信頼関係が成り立てば、これを友情と呼ぶことができる、つまり男女の友情は成り立つと思います。
 ただし、恋愛感情が混入してくると、別の感情、すなわち相手を独占したいという感情が芽生えてきます。この関係が相互に成立していれば、恋愛関係となります。このばあいでも、友情と恋愛が並存していることもあるかもしれません。でも、恋愛感情が一方的な場合には、友情が成り立つことは難しいと思えます。というのは、一方は恋愛感情で相手を一方的に独占したいという感情を持ち、他方は、これを嫌うからです。もちろん、論理的には、恋愛感情を持っている方が、その感情を抑えれば友情はつづくことになりますが、はたして、これを友情といえるかは、疑問です。
 本来、恋愛感情は、結婚という相互に排他的な独占関係を目指す前段階のj感情なのでしょうから、双方の自由を最大限尊重する恋愛とは両立するのは大変なことかもしれませんね。
 男女間でも友情は成り立つでしょうが、同性間で友情を育めないのであれば、よりハードルの高い異性間での友情は望めないでしょうね。グー