心のコンパス、それは「般若心経」かもしれないな | 第三暗號の気ままなブログ

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観音菩薩が深遠な智恵を完成するための実践を行っていた時、人の心身を構成する5つの要素がいずれも本質的なものではないと見極めて、すべての苦しみを取り除かれたのである。

シャーリプトラよ、この世のありとあらゆる存在や現象は実体のない「空」であり、「空」であるからこそ、存在や現象として現れる。
存在や現象は「空」であり、かつ「空」が存在や現象成り立たせている。心で感受する感覚、様々なものを想起することも、意思も、心身を通して認識することもまた、同じように「空」なのである。すべての苦しみを取り除かれたのである。

シャーリプトラよ、一切の万物が存在するその在り方は、「空相」すなわち固定されたものではなく変化するものなのである。だからこそ、すべては生じることもなく、滅することもなく、汚い、綺麗という判断をされることもなく、また増えることも減ることもないのである。

したがって、「空」という真理のなかには固定した存在というものはなく、固定した感覚や想起、意志や認識もなく、眼・耳・鼻・舌・身・意(心)という感覚器官の働きにしても決まったものというものはない。そして、こうした器官が感じる色・声・香・味・触・法(精神)の現れにしても決まったものは存在しない。器官が感じる感覚もなくまたその対象となる世界も存在しないのである。

「空」においては迷いもなければ悟りもない。そして老いることも死ぬこともない。そして老いや死がなくなるということさえないのである。
さらに、苦しみも、その苦しみの原因もなく、苦しみを滅することもない。また知ることも得ることもないのである。なぜならば、「空」は、一切の物事にとらわれることがないからである。

菩薩は、こうした「空」の思想による悟りの完成への真の智恵に依って、心にわだかまりがなく、わだかまりがない故に、心に恐怖を抱くこともない。一切の間違った認識や考え方から解放されることによって、永遠の平安の境地にいることができるのである。

過去・現在・未来のすべての仏は、この「空」の思想による悟りの完成への真の智恵に依って、この上ない崇高な悟りを得たのである。
だから、シャーリプトラよ、知るべきである。すなわち、「空」の思想による悟りの完成への真の智恵が、偉大なる神聖な真言であり、これに勝るもののない真言であり、他とは比べることができない真言である。この真言はあらゆる苦しみを取り除き、虚相ではない真言を示すものである。

般若波羅蜜多の真言である呪文をここに説こう。すなわち、その「空」の真言とはこのようなものである。

「ゆける者よ、ゆける者よ、あの世にゆける者よ、あの世に完全にゆける者よ、悟りよ、幸いあれ」