恋のかけら・1 | code.

恋のかけら・1



「ありがとうございました、」

抑揚のない声でレジを打ち、淡々と流れ作業で客へ釣りを渡す。
女は愛嬌だと昔店長が苦笑しながら遠回しに指摘したが、彼女には通じていないようだ。

ショートカットの栗色の髪はふわり耳へ覆うようにかかり、隙間から丸い小さな薄紫色の石でできたピアスが覗く。
色素の少し薄い双眸が丸く睫毛を揺らし、猫のような円を描いてしかしすぐ伏せられた。
口許は弧を描いて笑うことなく、次に並ぶ客のレジを通す。

「お待たせいたしました、いらっしゃいませ」

彼女がこのコンビニで働くようになって、もう5年になるだろうか。
高校に入り、初めてのバイトがこんなに長く続くとは計算外だった。
否、そうではなく今の自分が所謂フリーターであることが計算外だというのが正しい。

特に将来像もないままエスカレーター式なのだから当然だろう、と教師や両親に短大へ入学させられ彼女は日々を流されるように過ごした。
高校と違い空いた時間を持て余しバイトを増やした結果、シフトを優先しているうちに短大への足は遠退いていった。
仕方がないことかもしれない。意思も確立した目的もなく短大にただ「入学した」だけの彼女を引き留められるものがなかった。
両親も放任主義なのか特に咎めることなく、あっさり退学してしまい今に至る。
これ幸いとばかりに店長は朝昼晩いつでも自由にシフトよろしくね、と彼女を歓迎し仕事を任せていた。

やがてそんな店長が異動になり、1年前に若い―…と言っても30手前だが、男が新しくやって来た。

なんか子犬みたいな人ですね、と挨拶と同時に彼女は笑った。

―…ああいい加減、彼女の名前を紹介しておこうか。

彼女は白石智恵、20歳。

趣味は読書らしいが休憩時間中、本に触れているのを見たことがない。
ミルクティーが好きで、在庫がないと不安らしく店の冷蔵庫には買い溜めしてある。
賞味期限は気にしないタイプ。廃棄になった弁当を食べて節約になったと笑ってたっけ。




『、子犬みたい…ですか』
『うん、なんか尻尾が見えました』


―…そして僕はそんな彼女に恋をしてしまった、小さなコンビニの店長だ。


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