この診察室をオープンして早いもので4年が経ちます。
そろそろ移転する時期が近付いています。
にしても、ここ最近は本当に暇で、
来診者もめっきり減ってしまいました。
好、不景気で移転するという発想は元来なかったのですが、
現実にはその要因も無視できません。
今日も朝から来診者は1人もありませんし、
そろそろ店仕舞いをして書類整理でもしようかと思います。
その時です。診察室のドアが不気味に開きました。
サングラスをかけた怪しげな男が2人立っていました。
静かに診察室に入り、ドアを閉めました。
彼等は座ろうともせず、
私のデスクの前に無言で立っていました・・・そして
「ドクターChoさん・・・ですね。」
「・・・はい・・・」
少ない言葉数ですが、
微妙なイントネーションの癖を私は即座に見抜きました。
遂に来たのか・・・・・・・・・・
「Дфц лйжй ЙЖПпФ ЩЧХыыъй ЖйфЖ、
ХыКЙДГП !!
(長い間捜したぞ。何しに来たかは百も承知だろうが!!)」
「・・・・・・・・・・・・」
次の瞬間、私は目の前の机を彼等に向けて持ち上げました。
机を盾にしました。
ほぼ同時にサイレンサー装着の鈍い銃音が5~6発聞えました。
幸い全ての弾丸は厚い机のボード内に留まったようです。
いつ来るかもしれなかったこの日の為に、
私は日頃から段取は完璧に練習していました。
床の上を回転しながら、操作盤をもちながら、
銃弾をかわしながら隣の部屋に滑り込みました。
とっさに操作盤のスイッチをオンにしました。
・・・・・・・しかし、一切作動しません。
思わず自嘲しました。
あと1回だけ瞬間移動を可能にする筈だった、
古いテレポーテーション装置は既に使い終わっていました。
まさか、自分以外の人間の為に使うとは・・・
夢にも思いませんでしたが・・・
それでも身体の反応というのは恐ろしいもので、
つい条件反射的に装置の前に来ていました。
ブスッ!!ブスッ!!ブスッ!!
3発の銃弾が発射される鈍い音が聞えました。
懐かしい痛みが走り、背中が熱くなってきました。
私はその場に倒れ込みました。
もうろうとする意識の中で彼らの動きが辛うじて見えました。
家捜しをしています。
しかし、大したエージェントではないな~と私は思っていました。
まず私の急所に命中しているか、
絶命しているかを確かめるのが先の筈。
基本マニュアルを無視したまま、家捜しをすぐに始めている・・・
3流だな~
悪いけど、同胞とはいえ、君達程度のレベルでは
捜しているものは見つからないよ・・・
ほぼ目も見えなくなってきた私ですが、
まだ心の中でつぶやいていました。
彼らの罵り合う、ある言語圏の言葉が微かに聞えてきました。
おいおいおい、今度は放火か・・・
目的のものが見つからないし、
証拠隠滅で全て燃やしてしまえという事か・・・
何と短絡的な・・・にしても、知らない間に
随分とレベルは落ちてしまったものだ・・・
私のデスク辺りから火の手が上がりました。
火と煙の間から、彼等が部屋を出て行くのが見えました。
火の手はあっという間に、こちらの部屋にも近付いてきました。
熱いな・・・いよいよか・・・せめてタバコを吸いたかったな・・・
意識が徐々に薄れていくのが分りました。
あれはっ?私か・・・そこ迄火の手は来ている・・・
無様な姿で倒れているんだな・・・
おっと!随分と軽くなった感じがします。爽快な気分です。
見慣れたこの風景・・・・
どうやら私は近所の商店街の上を飛んでいるようです。
私は 「インビジブル男」 になっていました。
何だろう?こんな寂れた商店街なのに人が並んでいる??
新しく出来た店らしい・・・
小さな煙突からは黙々と白い水蒸気が出ているけど・・・
どうも、うどん屋らしい・・・
こんなに人が並ぶなんて、余程うまいんだろうか・・・
私は並んでいる人達の間をすり抜け、
あっという間に厨房に入っていました。
そこにはガッチリした体格の、しかし優しそうな男が
威勢良くうどんを打ちながらうまそうなうどんを次々に作っています。
その時です、客席側から女性の声が聞えてきました。
「あなた~きざみうどんの大盛り1丁、
わかめうどんの並1丁、スペシャル七味付でね~」
「あいよ~!!」
仲の良さそうな、幸せそうな弾んでいる声でした。
厨房を覗き込んだ女性が一瞬私を見た気がしましたが、
彼女には見えないでしょう。
そう、その女性は、あの「発火女」でした。
幸せそうな顔をしていました。
ヨカッタ・・・幸せに!!発火女!!
私は心の中でつぶやきました・・・
・・・が、美味い七味の入ったうどんの1杯位は、
ご馳走して欲しかったです(笑)
次の瞬間私は、うどん屋の煙突から一気に上空に駆け上がっていました。
目の前に見えてきたのは、全面ミラーウィンドウの高層ビル・・・
確かこれは最近建ったところのベンチャー企業が
集結してるシンボリックなビル。
一気に東京都心迄来てしまったのか・・・
浮遊するスピードが増しているようでした。
ふと見ると36階辺りの窓から、
ラベンダーの光が漏れている気がしました。
思わず中を覗き込みに行きました。
そこには、若いスタッフを数人従えて、
優しく、厳しく仕事を指示している男の後姿がありました。
スタッフも皆、覇気があります。
男が指示を終えると一斉に各自それぞれの仕事場に戻りました。
男はこちらに振り返り、またしても私をじっと見詰めている風でした。
見えない筈ですが・・・
その男は間違いなく、あの「キャンディ男」でした。
そうか~さっきリフレクションとして漏れていた
ラベンダーの光は彼のものか・・・
ピンクからラベンダー、そしてブルーへと、
彼が成長しながらバリバリ仕事をこなしているのが分りました。
ヨカッタ・・・頑張れ!!キャンディ男!!
私は心の中でつぶやきました・・・
・・・が、新規上場で株価が跳ね上がりそうな
ベンチャー企業のインサイダー情報位は、欲しかったです(笑)
次の瞬間、急降下した私は低空飛行をしていました。
凄いスピードで周りの景色は殆ど確認出来ません。
何処かの港に出来た特設会場が目の前に突然登場しました。
何か、大きなイベントを行っているようです。
ざっと1,000人以上の男女が、
思い思いのアスレティックウェアを身にまとい運動をしています。
ステージ上では、見事に引き締まった体の
女性インストラクターが皆に指示を与えています。
激しいビートの音楽に合わせ、ムードは最高潮です。
「さ~あともう少しよ~頑張って!!みんな~!!
必ず出来るよ~ゲット・ビクトリー!!」
聞いた事のあるフレイズでしたが、
気持の良い躍動感がありました。
少し近付いてみると・・・一瞬彼女と目が合いました。
気のせいでしょうが・・・
その女性インストラクターは、あの「腹被り女」でした。
照明ブースから音響ブースへ、受付からステージ横迄、
縦横無尽に走る男・・・多分スタッフ・・・
裏方で汗まみれになりながら走り回る
風采の上がらない野暮ったい、ある男が目に止まりました。
その男はしょっちゅうステージ上の「腹被り女」を気にしています。
そして時々彼女とアイコンタクトをとりながら、
満面の笑みを返しているのが分りました。
腹被り女は、あの彼と二人三脚で歩んでいました。
今やダイエット界のカリスマになったようです。
ヨカッタ・・・彼を大事に!!腹被り女!!
私は心の中でつぶやきました・・・
・・・が、腹被らない集中トレイニングの5枚組DVD位は、
プレゼントして欲しかったです(笑)
次の瞬間私は、低空飛行のまま海を渡っていました。
久々の海です。海の上はやはり気持がいいです。
気付けば目の前にはスラムの様な貧しい、
汚い街並みが広がっていました。
雰囲気からすると、どうもカンボジア辺りの気がします。
耳を澄ますと、子供達の明るい声がある建物から聞えてきます。
荒廃したこの街並みには似つかわしくない、
明るく楽しい声に感じました。思わず建物の中を覗きこみました。
そこには現地の子供達や大人を相手に、
たどたどしい現地語で話をしている1人の男がいました。
男はどうも、英語を教えているようでした。
いや、英語以外に時々日本語も聞えます。
汚れたTシャツとGパンをはいた現地人に観えるその男ですが、
よく見てみると・・・
その男は間違いなく、あの「バイリンガル男」でした。
形式ばった機械的であった彼の姿はもうどこにもありませんでした。
たどたどしい現地語を駆使しながら、
現地の人達に一生懸命英語や日本語を教えていました。
その姿には人間らしい柔らかさと温かさが満ち溢れていました。
ヨカッタ・・・素晴らしい!!バイリンガル男!!
私は心の中でつぶやきました・・・
・・・が、L発音が苦手ですぐR発音になる私に
楽なL発音の出し方位は、教えて欲しかったです(笑)
次の瞬間私は急上昇を始めました。
高度何千mを浮遊しているのでしょうか・・・
はるか眼下に見えてきたのは壮大なサバンナでした。
私も闇の仕事柄、世界の色々な国や地区に行きましたが、
サバンナを経験した事はありませんでした。
これが広大なサバンナか・・・
出来れば生きている内にここへは来たかったな・・・
と、その時、数人の人間が
サバンナの中で戯れている風景を目にしました。
書物でも余り観た事がない部族のような・・・
黒い肌の中に1人だけ違う肌の女性がいました。
粗末な布みたいなものを巻いているだけの・・・
しかし髪型や化粧は部族の人間そのもの・・・
私は急降下して思わず彼女の前に行きました。
やはり、間違いありませんでした。
その女性は、あの「活け造り女」でした。
一か八かの賭けでしたが、生まれたままの彼女を、
私はこの地に移動させました。
会った事も見た事もないハニバル部族が住むと言われる場所に・・・
ハニバル部族の人達は、姿形も言葉も違う彼女の奥に
眠っていた何かを感じ取ってくれた様です。
私は嬉しくて、暫く幸せそうに部族の人間と戯れる
彼女の姿を観ていました。
その時です、彼女が驚きの目で私に気付いたのです。
そして、これ以上はないと思える美しい笑顔で、
しかし目からは涙をポロポロ落としながら私に近付いてきました。
おかしい・・・私は観える筈がないのに・・・
彼女は私の足元に・・・正確には足はありませんが・・・
とにかく足元の辺に跪きました。
すると他の部族の人達も一斉に彼女の周りで跪き、
私に対して祈りを捧げるのでした。こそばゆい、不思議な感覚でした。
ヨカッタ・・・有難う!!活け造り女!!
私は心の中でつぶやきました・・・
・・・が、彼女に対してだけは、
私らしい俗悪な見返り要求は思い浮かびませんでした(笑)
次の瞬間、私はまた急上昇を始めました。
遂に成層圏に突入する勢いでした。
気付けば目の前には、長くて暗いトンネルの
入口のようなものが登場していました。
いよいよか・・・最後の最後に、この4年間、
特に気になっていた患者に会わせてくれた神に感謝しました。
残念ながら1人だけには会えませんでしたが・・・
これは治療法上、仕方のない事でした。
私の診療に少なからず感謝の気持をもっていてくれていた彼らの念が、
結果的に私を呼んでくれました。
ただ、1人の患者だけには半面治療とも言うべき、手法をとりました。
だから仕方が無いのでした。
それでも、とにかく、皆 ヨカッタ・・・
それ以外に最後の言葉は見つかりませんでした・・・・・・・・
トンネルの入口に入ろうとしたその瞬間でした・・・
今迄聞いた事もない、凄い音量の、迫力の
グォ~~~ という音が聞えてきました。
私の身体?いや意識?いや魂が、後方から吸引される感じでした。
成層圏から一気に大気圏に突入し、
サバンナを、海面を、街を・・・次々に逆戻りしていきます。
ここはどこだ????
私の目の前では、恐ろしいばかりの火の手が迫ってきています。
身体の一部は既に燃えているようです。熱い!!!!
しかし、グォ~~~というすざましい音と共に、
燃え盛っていた火の手が一気に沈静化し始めました。
更にグォ~~~という音は続きました。凄い風圧です。
気付けば私の周りに火の手はなくなっていました。
私の診察室は見るかげもなく、
そこら中で、もうもうと煙が上がっています。
背中の強烈な痛みと全身を覆う焼け爛れる痛みが
私を現実に連れ戻しました。
そして・・・
すぐ側には、息を大きく切らせながら私を見つめている、
見覚えのある女性が立っていました。
賢明な読者の皆さんは既にお気付きでしょう。
私をこの診察室に連れ戻してくれたのが誰であったかを・・・
そして、この後私がどうなるかを・・・
---ドクターChoの診察室 (完)---
ご愛読ありがとうございました
