先週の木曜日のこと。
さらにその前の週から行方不明になっていたサッカーボールを探していたのです。
あるキッズのサッカーボールです。
YMコーチが探しても、KZコーチが探しても、情熱コーチが探しても、結局見つからないままでした。
YMコーチに至っては、本当にそれこそ毎回その会場を訪れる度に、あちこち探してくれていたのですが見つからないまま、木曜日のU-15トレーニングの時間。
実はわたしだけが、本当の意味でしっかりと探すことが出来ていないままでした。
「これだけいろんなコーチがグラウンド(学校)を探しても出てこないんだから、きっと誰かが間違えて持って帰ったのかもね」と言いながら、自身がしっかり探していないことにどこか引っかかっていたのです。
という訳で、U-15トレーニングはFコーチ担当、YMコーチがサポートという体制もあり、わたしは「とにかくU-15トレーニングの時間いっぱい、ボールを捜してみせる!」となったのです。
プールサイド、木の枝の間、学校の裏、学校の裏手にある民家、学校の倉庫という倉庫の中や、ボールが隠れる可能性があるバケツの中やゴミ箱の中まで、とにかく探し回りました。
一度見た場所も、「見過ごしてしまったのかも」という疑念が湧いては探すの繰り返し。
いつの間にか、U-15トレーニングも終わる頃、「上を見ていない☆」、ということに気付きました。
雨よけのようなコンクリートの屋根が突き出している部分を見ようとよじ登り(良い子のみなさんは真似をしないでくださいね!)、でもやっぱり見当たらず。
さて、U-15トレーニングも終了。
選手が着替えてミーティングを始めるその間際、ひとつの部分に目が行きました。
それはやはり「雨よけのコンクリートの屋根」。
3つ同じ物があるのですが、2つは何とかよじ登れたから見ることが出来たのですが、ひとつだけ登るには難しい状態だったので、見ないままでいたのです。
しかも、他の2つを何とかよじ登り、それでも見あたらなかった空虚感もあったので、「どうせ、ないだろうな」と半ば決め付けていたのです。
でも、最後の最後でこう思いました。
『ないかもしれないけれど、あの部分を探さなかったら後悔してしまいそうだ』、と。
『とことん探して見つからないなら、諦めもつくけれど、あそこだけしっかり見ていないじゃないか』、と。
『後悔したくない』、と。
そう思い直し、その屋根から少し離れた木によじ登ったのです。
上手く登れずに苦闘しているところをU-13のTモヤが手伝ってくれて、木に登ることが出来ました。
屋根を見てみると・・・・・、
ありました!☆
何度も何度も探してくれたINACスタッフのみなさん、ありがとう。
先週、探すことを手伝ってくれた小学生のメンバーのみんな、ありがとう。
そして、最後の最後に効果的なお手伝いをしてくれたTモヤ、ありがとう。
きっと、最後の最後まで試されていたんですね。
大きな何かに。
小さなひとつを見逃さないことや、とことんやりつくしたのかという問いや、後悔するな、ということだったのでしょう。
さて、しかしですね、綴りながらこう思ったりします。
実は人生、後悔ばかりではないか。
「あの時こうしていたら」とか、「あの時こう言っていたら」とか。
そんな出来事の繰り返しでもあるような気がします。
後悔も、きっと次に繋がる何かなのでしょうね。
もしかしたら後悔や悔いが、次の自分を創る大きなモチベーションにだって成り得るのですから。
つまり、逆説的に言えば、「後悔の連続」が、「後悔しないように」を創っているのかもしれませんね。
『後悔』という名の『航海』も良いものかもしれません。
後悔のない人生なんて・・・。
航海のない人生なんて・・・。
文責:310