今朝、祖母が亡くなったそうだ。
ちなコロナではない、対面はできるし。とうとう連れていかれた感じする。あと察するにわかっていたっぽい感じがなんとも言えない。
ここ最近はコロナ禍もあり全く会えてない。
陽性なっても耐えたのに。
施設に入るということは、言い方あれだけど人質みたいなものだと親には言われていて。。
このご時世だからより管理がされてしまい、預けているわけだからこちらは従うしかない状態で。
タイミングが私、昨日推しイベで存分に幸せ楽しんだ後に実家には結局寄らずに帰宅して、いつの間にか寝落ちして起きたらの知らせ。
勤務日はその前からズレたので影響はなしだけど。。
実は実家行く言っていて予定なくなったから雨だしほっとか思ってたり。。
最近は会えてなかったからこそ、そんなには感じないで済む…じわじわとか……
ここまでくると、自己都合解釈でいうと、私が大きくいきなりショックを受けないように、長年かけて調整されていた感じがする。。
あれ?原因不明に泣いてたやつこれか?
(多分関係なく偶然)
旦那のほうがてきぱきと用意とか調べたりしてて偉いなと。
実は、祖母が亡くなるなんていうのは記憶ない(多分最古の記憶がもうひと方の祖母のお葬式?)ところから数えると2回目で、ほぼ初めてと変わらないくらいなもので。祖父は私が生まれる前に既に亡くなっており、いた経験がない。
ありがとうの念🙏
見送りにはいく。。
不思議なものだなー親族家族て結局法的な縛りと血縁な縛りでしかなくて、いくら親族でも一緒に過ごす時間って、段々となくなっていく場合もあるわけで。
そして平気になっていく。大人になるとは。起きたことをただ認識する、というだけ。
平気って平気なわけじゃもちろんなくて、慣れはしないけどね、むしろ大人になってからのほうが泣けるんだが←なにせ結婚して親戚になったばかりのおばさんが亡くなったと知ってから急に職場で思い出し泣きしだした人
一緒に住んでいたり接触機会が多いと、いざそのときに悲しくならないようにするために、離れて暮らすのかなあとか考えたりする。