肉眼でも見える「ぼうえんきょう座」の中に隠れていた

 

 

三連星系HR 6819を構成する天体の軌道の想像図。恒星系は、内側の軌道を運動する恒星(軌道を青で示す)と、新たに発見されたブラックホール(赤の軌道)と、外側の軌道を運動する第3の恒星(青の軌道)からなる。(ILLUSTRATION BY ESO/L. CALÇADA)

 

 

 南半球では冬になると頭上に「ぼうえんきょう座」が見える。この星座の中に青い光の点が輝いている。

 

青い光は1つの明るい星のように見えるが、実際には2つの星と1つのブラックホールという3つの天体からなる三連星系であることがわかった。

 

現時点で、地球から最も近いブラックホールが見つかったことになる。

 

 5月6日付けで学術誌「Astronomy & Astrophysics」に発表された論文によると、新たに発見されたブラックホールは太陽系から約1011光年のところにある恒星系HR 6819にあり、目に見える2つの星とともに軌道上を運動している。

 

ブラックホールの質量は太陽の約4倍、次に近いブラックホールより約2500光年も手前にあると推定されている。

 

「この恒星系は1980年代から研究されていた明るい天体なのですが、よく見えているところにとんでもないものが潜んでいたというわけです」と、米カリフォルニア大学バークレー校の天文学の博士課程学生で、連星系の研究をしているカリーム・エル=バドリー氏は話す。

 

氏は、今回の研究には参加していない。

 

 

デジタル・スカイ・サーベイ2の画像から作成された広視野画像。中央に見える青い光が、2つの恒星と1つのブラックホールからなる三連星系HR 6819である。2つの星は1つに見えるほど近くにあり、ブラックホールは、これまでに発見されたものの中で最も地球に近い。(IMAGE BY ESO/DIGITIZED SKY SURVEY 2. ACKNOWLEDGEMENT: DAVIDE DE MARTIN)

 

 

 私たち人間からすると、1000光年という距離は途方もなく遠い。地球から太陽までの距離を髪の毛1本の直径と考えると、HR 6819は地球から約6.4kmも離れている。

 

しかし、銀河系が直径10万光年以上あることを考えると、地球からHR 6819までの距離は非常に近い。これは、銀河系の中に無数のブラックホールがあることを示唆している。

 

「あなたのすぐ近くに何かが見つかり、そこが特別な場所でないとすると、それはどこにでもあるに違いありません」と、論文の筆頭著者であるチリの欧州南天天文台(ESO)の天文学者トーマス・リビニウス氏は語る。

 

恒星とともに回転するブラックホール

 ブラックホールは、光さえも逃げ出すことのできない非常に強い重力場をもつ超高密度天体だ。

 

研究者たちは以前から銀河系には何億個ものブラックホールがあると推測していたが、こうした暗黒の天体を見つけることは非常に難しい。

 

 銀河系内ではこれまでに数十個のブラックホールが見つかっているが、いずれも、近くにあるガスの雲を「食べて」いる現場を目撃されたものである。

 

のみ込まれるガスがブラックホールの縁のまわりに渦を巻き、そのときに放出するX線が見えるのである。

 

しかし、銀河系にあるブラックホールの大部分はこうした形でも目に見えないため、発見するにはその重力が周囲の物体に及ぼす影響を観測するしかない。(参考記事:「ブラックホールが中性子星を食らう瞬間、初観測か」

 

 実は、HR 6819を調べている天文学者たちは最初からブラックホールを探していたわけではなく、お互いのまわりを公転している1対の奇妙な星について、もっとよく知りたいと考えただけだった。

 

 外側の軌道を回る星はBe星(ビーイーせい)と呼ばれるタイプの恒星で、太陽の数倍の質量をもち、より高温で、より青い色をしている。

 

赤道での回転速度は秒速約500kmで、太陽の200倍以上の速さである。リビニウス氏は、「自転速度は非常に速く、物質が振り落とされてしまいそうなほどです」と言う。

 

 2004年、チリのラ・シラ天文台にあるMPG/ESO 2.2メートル望遠鏡でHR 6819を4カ月にわたって観測したところ、この恒星系が一般的な連星ではないことが明らかになった。

 

内側の星は40.3日周期で第3の天体のまわりを回っているようだった。

 

そして、大型のBe星の方の軌道ははるかに大きく、内側の星と第3の謎の天体の両方のまわりを回っていた。

 

 5年後、ヨーロッパ南天天文台のスタン・シュテフル氏が、ブラックホールが潜んでいる可能性のあるHR 6819の観測をもう一度行おうと動き出した。

 

しかし、シュテフル氏は2014年に交通事故で死亡し、研究は中断してしまった。

 

 2019年11月、Be星の専門家であり、シュテフル氏の長年の同僚でもあったリビニウス氏は、HR 6819の観測をもう一度行うべき新たな理由を見つけた。

 

別のグループが、太陽の約70倍の質量のブラックホールをもつLB-1という恒星系を詳細に調べて論文を発表したところ、激しい論争が起きた。

 

質量の大きい星が超新星爆発を起こした後にできるブラックホールについての従来の知識からすると、この質量のブラックホールが形成されるはずがなかったのだ。

 

 しかし、リビニウス氏のチームは、LB-1のデータが、数年前にHR 6819で見たものと非常によく似ていることに気付いた。

 

彼らは第3の謎の天体について調べはじめ、内側の星の軌道と明るさの計算に基づき、目に見えないこの天体が太陽の4.2倍以上の質量をもっていることを明らかにした。

見えないターゲット

 論文の共著者でESOの名誉科学者であるディートリッヒ・バーデ氏は、「この天体が太陽の約4倍の質量をもつなら、ふつうの恒星であるはずがありません。

 

それだけ大きい恒星なら簡単に検出できるはずです」と言う。中性子星(超新星爆発の後に残される高密度の恒星の核)にしても重すぎる。

 

 この観測結果を説明できる天体は1つしかない。ブラックホールだ。

 

 しかしエル=バドリー氏は、HR 6819のように複数の天体がすぐ近くにある恒星系の研究には、誤差の原因となる問題がいくつかあると指摘する。例えば、HR 6819の外側のBe星と内側の星の距離は近すぎて、どの光学望遠鏡を使っても分解できない。

 

この2つの星は、それぞれが発する光のスペクトルの違いによってしか識別することができない。

 

 外層の水素を失った古い星は、より若く、より質量の大きい星のように見えることがある。

 

HR 6819の内側の星がそのような「擬態」をしているなら、研究者はブラックホールと思われる星の質量を計算し直さなければならないだろう。

 

参考ギャラリー:2019年のイチ押し宇宙画像 超新星から巨大ブラックホールまで 11点(画像クリックでギャラリーへ)

NASAの宇宙飛行士クリスティーナ・コーク氏が、タイムラプス撮影して1枚の写真に仕上げた美しい地球と星空。背景で星が円弧を描く。(Photograph by Christina Koch/NASA)

 

 

 論文共著者であるペトル・ハドラバ氏が率いる研究チームのメンバーは、追跡研究でHR 6819が発する光を「分離」し、2つの星の正確なスペクトルを明らかにして、その正体を突き止めようとしている。

 

エル=バドリー氏は、前例のない精度で銀河系の地図を作成している欧州宇宙機関(ESA)のガイア宇宙望遠鏡が、HR 6819の軌道の詳細を教えてくれるかもしれないと期待している。

 

また、この恒星系は非常に近くにあるため、複数の望遠鏡を組み合わせる「干渉法」と呼ばれる手法を使って、2つの星をピンポイントで特定することもできるかもしれない。

 

干渉法は、2019年、超大質量ブラックホールのシルエットの撮影に成功した望遠鏡ネットワークが用いたのと同じ手法である。(参考記事:「解説:ブラックホールの撮影成功、何がわかった?」

 

 論文の共著者であるESOの博士課程研究員マリアンヌ・ハイダ氏は、「通常、ブラックホールのまわりを恒星が回っていたとしても、その運動を実際に見ることはできません」と言う。

 

「今回のブラックホールは非常に近くにあるので、その運動を見ることができるはずです。うまくいけば、ブラックホールの質量をより詳細に知ることができるでしょう」

 

 研究者たちは、ブラックホール発見の原動力となったシュテフル氏に敬意を表しながら、次の手を考えている。

 

リビニウス氏は、「スタンはとても用心深い男でした」と言ってニヤリと笑う。

 

「今も私のことを見ていて、『本当にいいのかい?』と言っていることでしょう」

 

文=Michael Greshko/訳=三枝小夜子

出典=https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/050800275/

 

これは期待が持てる!

ブラックホールがしだいに解っていく

見えないのが残念~