海中部分の直接観測に成功、アラスカ、氷河のより解けやすい場所を特定

 

 

 

アラスカの潮間氷河の1つ。海中で解ける速さは、これまで科学者たちが理論モデルから予想していたよりも100倍以上速いことが分かった。(PHOTOGRAPH BY JIM MONE/ AP)

 

 海に流れ出している氷河が海中でどのように解けているのかを新たに測定したところ、驚くべき結果が明らかになった。

 

科学者がこれまで考えていたよりも、解けるスピードが2桁、すなわち100倍以上速かったという。

 

 

 この論文は学術誌「サイエンス」に7月26日付けで掲載された。海洋学者と氷河学者のチームによる研究は、「潮間氷河(海に流れ出す氷河)」が変化するプロセスについての研究を、新たな段階に進める成果だ。(参考記事:「「海氷の裏側」がホッキョクグマの命運を握る理由」

 

 

「いま実際に起きている氷河の融解に、私たちの仮定と劇的に違う部分があることを発見したのです」。

 

米コロラド大学ボルダー校、国立雪氷データセンター(NSIDC)の氷河学者で、この研究には関わっていないトゥワイラ・ムーン氏はこう話す。

 

 氷河が分裂したり解けたりするのは、冬から夏への季節の移り変わりの中で起こる自然なプロセスで、夏の間ずっと続くこともある。だが、温暖化のため、地球全体で氷河の融解が速くなっている。

 

そして、目に見える表面だけでなく、海中でも氷河が解けている可能性がある。

 

「水面下に沈んでいる部分が数十~数百メートルにもなる氷河もあります」と、米ボイシ州立大学の氷河学者エリン・エンダーリン氏は説明する。

 

海の中での融解が速いという発見は、「氷河は、私たちが考えていたよりもずっと海洋の変化に敏感」だということになる、とエンダーリン氏。

 

したがって、融解プロセスを解明し、その量を正確に算出することは、海面上昇の予測に欠かせない。なお氏は今回の研究に参加していない。(参考記事:「未曾有のペースで進む グリーンランド氷床融解」

 

 

「実現できたというだけで、最高の気分です」と、米オレゴン大学の海洋学者で、論文の筆頭著者であるデイビッド・サザーランド氏は振り返る。「うまく行くかどうか、確信はありませんでした」

 

 

「船が氷をかき分けられず前に進めない」

 1983年、アラスカ州ルコント湾に近いピーターズバーグ高校の生徒たちが、湾に流れ出る氷河の末端の位置を毎年記録し始めた。

 

そして数年前、氷河の後退を示すデータが、アラスカ大学サウスイースト校の科学者たちの目を引き、ルコント氷河への関心が高まった。

 

 サザーランド氏によると、潮間氷河としてはとても近づきやすいルコント氷河は、研究の対象として理想的だという。

 

とはいえその環境は複雑で、プロジェクトにはいろいろな分野のデータが必要だったため、海洋学者と氷河学者のチームが同時にデータ収集に当たった。

 

 氷河が解ける速さを計算するのは、コップの水に浮かぶ四角い氷が解けるのを計測するのとはわけが違う。

 

氷河の場合、氷がフィヨルドの深い谷を動く速度に加え、どれだけの割合が解け、どれだけの割合が崩壊するのかもわかっていなければならない。

 

「私の頭の中では至ってシンプルで、紙の上でもうまく行きそうに思えました」とサザーランド氏は笑う。

 

だが、ルコント氷河が海に滑り込んでいくフィヨルドへ、氷河が崩壊しやすい晴れた日に船で行くのは一筋縄ではいかない。

 

科学者たちは船上で数週間を過ごし、それぞれ12時間シフト、24時間体制で働いた。

 

 

絶景、氷の世界のアドベンチャー

アラスカのコロンビア氷河に立つハイカー。(PHOTOGRAPH BY JAMES BALOG, AURORA)

 

 

 シロイワヤギが高い尾根を登り、海ではクジラがしょっちゅう姿を見せ、海鳥が水に飛び込む。

 

「いい天気を望んでいないなら……本当に最高の場所でした」とサザーランド氏。(参考記事:「ギャラリー:賢いハンター、シャチの写真13点」

 

 

 全長24メートル余りの船「MVステラー」号から、海洋学者たちは海中のソナー調査を行った。

 

海の深さを測るのに使うのと同じ物だ。だがソナーを海底に向けるのではなく、氷河の海中に沈む部分に向けて3次元的に計測した。

 

 正確な計算をするため、海洋学者たちが次に知る必要があったのは、音波がフィヨルドの海中をどれだけ速く進んだかだった。

 

それには塩分濃度や温度など、水質の「基本的な」測定値がさらに必要だった、とサザーランド氏は説明する。

 

非常に高価な機器を船のへりからぶら下げるときは、緊張が走ることもあった。

 

 科学者たちは2度の夏を費やして観察を繰り返し、1回の調査で何度も測定を行った。

 

「夏の間、氷河の表面全体を繰り返しスキャンできるようになる状況には、やすやすと巡り合えません」と、米カリフォルニア大学アーバイン校の氷河学者エリック・リニョー氏は話す。

 

 氷河の前に氷が多すぎれば、「船が氷をかき分けられず前に進めない」とリニョー氏。ボートを急に後戻りさせなければならないこともあり、科学者たちは機材が海中に落ちてしまわないよう祈った。

なお、氏は今回の研究には関わっていない。

 

 同時に、氷河学者たちのグループが氷河を見下ろす尾根にキャンプを張って、繊細なレーダー機器を「子守り」しつつ、氷河の自然な動きを測定した。

 

アラスカ大学サウスイースト校の氷河学者で、論文の共著者であるジェイソン・アムンドソン氏は、「氷が海へと移動する速度を把握できるよう、タイムラプス映像を撮影して氷河の流れを測定しました」と語っている。

 

 氷河は、海に落ちる先端部に近づくにつれて加速するとムーン氏は話す。氏は、氷の動きを練り歯磨きのチューブを絞るのにたとえる。

 

練り歯磨きが絞り口の寸前まで達すると、行く手をふさぐものが何もないため、速く進む。観測したところ、氷河の先端部分は1日に約23メートル動けた。

 

この速度を知ることは融解の計算に欠かせない。

 

 これらのデータのおかげで、研究チームは氷河の海中部分が解ける速さを計算できた。

 

結果は、予想よりも2桁大きいというものだった。リニョー氏によると、理論モデルの1つは20~30年間使われてきたが、単純化されたバージョンであり、問題なく使えるわけではないことが知られていたという。

 

 潮間氷河では、いくつものプロセスが融解に関わっている。それゆえに科学者たちは、多くの角度から融解の謎に取り組んできた。

 

大きな氷の塊がバスタブに置かれていて、他に何も起こっていなければ、単純な割合で解けるだけだろう。だが、潮間氷河は違う。

 

 氷河が解けて淡水の流れとなり、氷河の先端近くの海に流れ込む。海水より比重の低い淡水は海面近くに浮き上がり、氷河の先端を浸食、つまり海中の部分を削り取っていく。

 

 海中でのこうした融解は、海と氷河が出合うところならどこでも起こっている。

 

サザーランド氏によると、この新しい方法の本当に優れているところは、氷河のより解けやすい場所を正確に特定できる点だという。

 

「海に押し出される大量の氷が、海と接するまさにその場所で解けていきます。

 

こうした融解で、氷河はかなりの部分を失っているのです」とエンダーリン氏。

「海に流れ込む氷のかなりの割合が、温かい海水によって解けてなくなります」とアムンドソン氏は話している。(参考記事:「2018年の海水温が観測史上最高に、研究発表」

 

 研究チームは、海中で1日当たりに解ける速さを、5月は約1.5メートル、8月には最大で5メートル近くと算定した。夏の後半になると、より水温が上がり、速くなった。ルコント湾の海水温は通常摂氏6℃未満だが、世界中の他のフィヨルドより高い。

 アラスカに約10万ある氷河のうち、潮間氷河は50しかないが、アラスカで最大級の氷河がいくつもある。「これらの氷河は、山岳の谷氷河よりはるかに速く変化する可能性があります。氷河が海に流れ込むところで起きているプロセスのせいです」と、アムンドソン氏は指摘する。(参考記事:「ヒマラヤの氷河消失速度が倍に、スパイ衛星で判明」

 とはいえ、アラスカの氷河は海に出るものがかなり少なく、全体として起こっているのは主に、地表に露出している面での融解だとリニョー氏は話す。

ほかの氷河にも当てはまる?

 今回の調査成功は「世界中の研究者に同じ方法を使う扉を開く」ものだとサザーランド氏は話す。

 

具体的には、アラスカ、ルコント氷河の研究で得られた知見は、グリーンランドと南極大陸にも応用できる。

 

「海の中での融解は、どこだろうと問題になりえます」とエンダーリン氏。(参考記事:「氷の消失ペースが10年で4倍に、グリーンランド」

 

 ほとんどが広大な氷床であるグリーンランドには、海に流れ出る氷河が約200あるものの、そうした地点の海水温はルコント湾よりずっと低い。

 

また、グリーンランドでは潮間氷河の融解に加えて露出表面での融解も起こっている。一方、南極大陸では、氷が解ける場所は海の中だけのため、アラスカとは異なるプロセスを理解することが重要だ。(参考記事:「南極の棚氷に大きな亀裂、巨大氷山が分離へ」

 

 現状の気候変動に加えて、水温と気温をより上昇させてしまったら、もっと氷が解けるのは間違いないとサザーランド氏は話す。

 

しかし、それを自然な融解と区別するのは難しいかもしれない。

 

「これらの観察結果は、私たちが見逃しているものがあるとはっきり示しています」とムーン氏は話す。そしてこれは、このような仕組みがどう機能しているのかを解明する「行動を促す呼びかけ」だと言う。

 

 幸い、科学者たちが研究する時間はまだ残されている。

 

「すぐになくなるという速さで氷河が消えているわけではありません。今後数十年はまだあるでしょう」と、サザーランド氏は話している。

 

 

南極の氷の下、水深70mの海で驚異の光景を見た

南極の冷たい海の下には、多様な海生無脊椎動物も生息している。(PHOTOGRAPH BY LAURENT BALLESTA)

 

 

氷河が溶けてきている

取り返しがつかないかも

温暖化加速~

今年の夏も暑い

 

 

出典=https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/072900444/