深呼吸とは〝深い呼吸をする〟ことです
呼吸は一つの〝存在〟です
〝呼吸〟という、その存在に意識を向ける。
意識して深い呼吸をすることが大切です
・
呼吸は生命維持に欠かせないものですが、
それだけではありません。
心や目に見えないものへの作用があります
もっと言うと、
人間の本質や根源に繋がっています
・
深い呼吸をしているだけで
エネルギーの循環が起こります
それはエネルギーの源である、
ソースエネルギーとの循環です
ただ呼吸をしている、その状態でいることが
私たちの正位置です
自我が弱まり静まって
深呼吸で
本来の自分のエネルギーそのものになります
これが
本来の居場所であり、心の正位置です
日々、
この状態、この感覚のまま
生活をすることが私たちのベースです
・
そのためには
この状態、この感覚を
習得することが必要です
どんなやり方でも構いません
自分がやりやすい方法でやってみてください
・
私のおすすめは
「3回深呼吸」です
その場に立ち止まって
深呼吸を3回するだけです
自分の心地よいタイミングで
ゆっくり鼻から息を吸って
ゆっくり口から息を吐いていきます
これをその場で3回するだけです
深呼吸をした後に
生活である行動をします
目が覚めて 3回深呼吸
トイレに行って 3回深呼吸
歯を磨いて 3回深呼吸
着替える前に 3回深呼吸
着替えた後に 3回深呼吸
ご飯を食べる前に 3回深呼吸
ご飯を食べた後に 3回深呼吸
家を出る前に 3回深呼吸
歩きながら 3回深呼吸
信号待ちをしながら 3回深呼吸
電車待ちをしながら 3回深呼吸
会社に入る前に 3回深呼吸
職場で 3回深呼吸
嫌なことあったら 3回深呼吸
嬉しいことあったら 3回深呼吸
掃除機かける前に 3回深呼吸
食器を洗う前に 3回深呼吸
洗濯前に 3回深呼吸
寝る前に 3回深呼吸
こうして深呼吸を習得していくと
深呼吸することが当たり前になります
そして
こんなにも日常の生活の中で
本当の自分と繋がる時間が増えたら
無敵です
なぜなら
何度も言うように、
この状態や感覚で居ることが
私たちの本来の感覚だからです
本当の自分と繋がるということは
自分の本心がわかるということです
本当の自分と繋がるということは
本心で生きられるということです
本当の自分と繋がるということは
自分らしく生きられるということです
だから
常にこの感覚で居ることを保つことが
大事なのです
それには
深呼吸が不可欠です
・
この深呼吸をするのに
お金かかりません
1分もかかりません
誰でも
今すぐ
その場所で始められます
合ってるとか間違ってるとかも
ありません
寝ながらでもできます
自分にできる時だけで良いんです
〝呼吸〟に気づくだけで、十分です
・
深呼吸をして
自我をなくし
本来の居場所であり、その正位置から
行動したり
考えたりする
いつだって何よりも大切なのは
この状態に居続けること
これが日常を過ごす基盤、ベース、土台です
いつだって大切なのは
深呼吸です
- 前ページ
- 次ページ
心のことを始めて丸12年。
日々こつこつと日常に生かして
やっとその根本的な所を
理解できるようになりました
心の居場所は安堵感です
心は常にそこに戻ろうとします
なぜならそこがホームだからです
ズレたら戻る。
その戻り方は、深呼吸です
深呼吸をすることで
暴走したエゴが弱まり、
心が落ち着いていきます
その落ち着いた感覚が、安堵感です
このことが
ようやく理解できました
・
Beという在り方がわかったのなら
現実も創っていく必要があります
理解したことを形にしていくDoが必要です
Beだけでは何も生まれないからです
それにチャレンジしていくのは
まだ苦手でとても怖さを感じます
でも自分の中から湧き上がる、
「やってみたい」に目を向けなければ
何も進みません
自分ができるところから
一歩ずつ
トライしてみたい、そう思っています
・
今の私には
人に言えるようなものは何もありません
同世代が手にしている〝成功〟や〝幸せ〟と
呼ばれるものはありません
このゼロの場所から始めたいと思います
何か大層なことをするわけではなくて、
今まで知ったり学んだりした心のことを生かして
日常を創っていく、それだけです
目の前の自分だけの小さな幸せを
感じて
大事にして
味わって
前に進む、それだけです
つまり、
〝自分の心で生きていく〟です
・
もし同じように
自分の心や感覚や感情や想いを
大事に過ごしたいと思っている方がいたら
一緒に始めませんか?
安堵感の中で
それぞれの場所で
今感じる自分だけの感覚を大切に過ごすことを。
心を大切にしながら
創りたい現実を自分で創っていく
何か凄いことをするんじゃなく、
何か凄い人になるんじゃなく、
人からの評価をもらうためじゃなく、
自分の本質に向き合って
本来の目的をやるためだけに。
きっとそれは
無駄なことかもしれない
きっとそれは
無意味なことかもしれない
きっとそれは
やったところで何にもならないかもしれない
現実はそんなものなのかもしれません
・
でももし
その行動をする目的が本当に
喜びであるならば
幸せであるならば
やってみたいと思うのです
そしていつか
そう生きたいと願う人に
このバトンを渡せたら
そんな最高で嬉しいことはありません
だからまず自分がやっていきます
2025年
みなさんにとって良い年でありますように
安堵感に満たされた〝今〟を過ごせますように!!
心の正位置は真ん中です
毎日を過ごす中で
心は何度も
ズレたり戻ったりを繰り返しています
↓
↓
↓
ズレている時に感じる感情が
〝嫌な気分〟です
ズレても戻れば良いだけです
そして、ズレることが
悪いことでもありません
ただ、
ズレている時は
嫌な気持ちを感じている時なので
意識的に戻す作業が必要になります
戻りにくくなって
ズレっぱなしの時があります
いつまで経っても
イラ立ち
モヤモヤ
不安感
焦りを感じるのは、このせいです
なので、
意識して心を真ん中に戻していくことが
大切です
それには第一に、
心は真ん中に在ると「気づく」ことです
「気づく」ことがなければ
何も変わらないからです
そして、
気づかないために
変えることができないのです
「気づく」とは
そうか、と
思考で理解するということです
心はズレるということを知り
ズレたことに気づき
戻したいと思い
真ん中へと戻るのです
心は真ん中に在ります
心は真ん中
心は真ん中
心は真ん中
心は中心にあることを、意識していきます
最初はそう思えなかったり
理解が難しかったり
どこが真ん中なのか
何が真ん中なのか、と
様々な思考が頭をよぎります
それでも
その思い浮かんだ思考はそのままに
ただ「真ん中なのだ」と
思うだけで十分です
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
心が真ん中に在る時、安堵感を感じます
安堵感とは、
安心
安らぎ
平穏
平和
穏やかさ
静寂です
その感覚というのは
とても安心できて
くつろげて
リラックスできて
温かさを感じられて
力が抜けて
全身を委ねられて
とても静かで穏やかな感覚です
この感覚を感じる時間を
普段の中で増やしていきます
反対に、
ズレている時に感じる感覚は
恐れの感覚です
不安感
焦り
怯え
怖さ
常に頭の中で
あれを ああして
これを こうして
あーでもない
こーでもないと
タスクやこれからのことの
不安や焦りを回避するための思考が巡り
気持ちが落ち着いていない感覚です
・
ズレることは何も問題ありませんが
ズレっぱなしだと
そういった嫌な気分が続くので
意識して元の位置である、
真ん中に戻ることを習得していきます
それには
何か行動をするのではなく、
まず
第一に
最初に
「心は真ん中に在る」ということを、知ること
「心は真ん中に在る」ということに、気づくこと
これが大切なのです
私たちの心は常に
あらゆる感情を感じています
そして、その、
心で感じる感情と体は
常に同期しています
その感情を意識できていても、
その時の状況では言えなかったり
我慢して飲み込んだり
または、
感情が出てることに
気づかなかったりもします
さまざまな理由で置いてけぼりだった感情は
感じ切って欲しいために
何年経ってもあり続けます
気づくまで癒えずにずっと
あり続けます
「嫌だ」と思う色んな現実は
その感情に気づくためのものです
だから、
あのとき感じきれなかった感情
今まで気づかなかった感情を
声に出して「言ってみる」ことで
ようやく日の目を浴び、癒され、
終わりを迎えます
・
ずっと抱えていた思いに気づく。
気づいて欲しくて
様々な現実が起きているわけなので
気づいたと同時に癒えて終わります
声に出してみると
わかることがあります
声に出してみることで
体が感じるのです
体感が起こります
本音なので
声にならないこともあります
・
ちょっと次の言葉を
声に出して言ってみてください
大きな声じゃなくて大丈夫です
・
嬉しい
やったー!
ドキドキする
寂しい
悲しい
辛い
苦しい
怖い
もう無理
できない
わからない
・
嫌だ
やりたくない
辞めたい
行きたくない
逃げたい
やめて
したい
やりたい
好き
私も欲しい
私にもして
これ買って
私にもちょうだい
嫌い
嘘つかないで
助けて欲しい
私を見て
・
やってもいい
やめてもいい
逃げてもいい
助けてもらってもいい
怒られてもいい
ダメでもいい
弱いままでいい
嫌われてもいい
・
言葉ひとつひとつと体が一致するので
それぞれの感じ方があると思います
何も感じないものも
ほわっと感じるものも
ジーンとするものも
ゆるむものも
様々ありますが、
こんな風に言ってみるだけで
置き去りにされた感情が癒され
魔法のように消えていきます
そして
心の隙間にスーッと
そよ風が吹くような
心の軽さを感じられます
・
声に出すことで
言えなかったこと
言いたかったこと
思っていたことに
「気づく」ことができます
気づくとは「自分を知る」ということです
自分は
何を思い
何がしたくて
どう生きたいのか
どれを選びたいのか
どういう人間なのか
どんな
能力や才能や個性や魅力を
持っているのか
自分を知り、
より深めることができます
良い感情も
嫌な感情も
どっちもあって自分なんだと
〝ジブンラシク〟生きて行けるのです
・
物事には、
正しいも 間違いも
良いも 悪いも
外も 内も
表も 裏も
タテも ヨコも
上も 下も
右も 左も
前も 後ろも
360度全部ある中で
自分の都合のいい部分だけに偏ることは
不自然なのです
そのどれも全部あって
自分です
生きて行く中で
あらゆる自分の側面を知っていきます
それはまさしく、
かけがえのない自分自身です
唯一無二の尊い存在です
思考の偏りに気づいてそれを受け入れた時、
それが存在そのもであり
ありのまま
素のままの、自分です
・
言うことで
自分の思いに気づき、
真ん中に戻って行きます
嫌な気持ちも
嬉しい気持ちも
そうか、そうかと
ただ受け入れるだけで
体に記憶されていた感情が癒えて
心が楽になるのです
囚われていたその思いから解き放たれて
心が楽になるのです
在り方とは
心のベース、土台のことです
その土台が傾くと
辛い、苦しいなどの感情や
問題、悩みが生じてきます
その土台はどうして傾くかというと
そもそも自分をどう思っているかという、
大前提にあります
自分は「ある」と思っているか
自分は「ない」と思っているか
「ある」とは
自分は愛されている
自分は素晴らしい、と思っていることです
それは
何を持っている、持っていない
何かができる、できない
とは全く関係ありません
自分の存在そのものを
そう思えているかどうかだけです
一方の「ない」とは
自分はダメ
自分にはできない
自分は役に立たない
自分には何もない、と思っていることです
自分は愛されない存在
存在してるだけではダメなんだ
と思うことです
在り方とは
この、自分の大前提が
どちらに在るかということです
この心の土台が傾いているとき、
つまり
「ない」の前提になっているときに
私たちは
辛い、苦しい、上手くいかない、と感じます
ということは、
この土台の傾きを元に戻せば
その辛さ、苦しさ、上手くいかないもどかしさが
なくなります
・
土台の傾きを元に戻す
そもそも私たちは生まれたとき
「ある」が大前提でした
みんな、全員です
生まれたとき、私たちは
それそのものだったのです
でも、成長していく中で
たくさんの見聞きした経験から
少しずつ「ない」と思い始めたのです
なぜならそれは
事実としてあったからです
失敗したこともあるし
自分よりすごい人もいたし
他人と持っているものが違ったり
思うようにいかないことだって
たくさんあった
こういう経験から
存在自体を否定したり
ジャッジして
だんだんとそれが
確かな〝思い込み〟となってしまったのです
本当は
失敗はしても
ダメな存在ではなかったのです
誰かを悲しませても
自身の価値には何の変わりもなかったのです
でもそう思うのは無理もありません
それが人間というものでもあるし
この仕組みを理解している人は少なくて
自然に知ることはないからです
もともと「ある」だった在り方が
「ない」になっただけなら
また「ある」に戻せばいいのです
大事なことの1つ目は
私たちはそもそも
「ある」が大前提だった
ということに気づくことです
・
では、
自分は何が「ない」と思っているかに
視点を持っていくと
能力・魅力・才能・力量が
「ない」と思ってることに気がつきます
言い換えると
無力感
無価値感
欠乏感
劣等感
罪悪感に繋がるものです
これらを
感じるときに触れる感情が
自分はクズだ
自分って愚か者
冷酷で
最低で
最悪な人間だ、という感情です
これを感じたくないのが人間の心理なのですが
ここが最終地点でもあります
辛いこと
苦しいこと
上手くいかないこと
問題
悩み
これらを深く掘り下げたときに辿り着く場所が
この感情です
この先はありません
ここが最終地点です
だとすれば、
この、
自分はクズだ
自分って愚か者
冷酷で
最低で
最悪な人間だ、という感情を感じ切ったら
終わります
問題や悩み、
それ自体がなくなるのではなくて
その物事を見る自分が
問題や悩みと
思わなくなるのです
その問題事や悩み事が
ただ〝事〟として
〝ある〟だけなんだと、捉え方が変わります
この、
見たくない
触れたくない
自分の嫌な面をちゃんと見る
そして
ちゃんと感じる
ちゃんと認める
これが大事なことの2つ目です
・
自分の嫌な面に目を向けて
感情を感じ切ると
それを一生懸命抱えてきた重荷が
役目を終えて
外されて
消えていきます
それまで感じていた
辛さ
苦しさ
問題
悩み
これらは
本当の自分に気づくためのものなので
その役割を果たすと
必要がなくなり
消えます
それに気づいたら、終わるのです
ギュッと踏ん張って力んでた心が
ほわっとするような感覚を感じます
この感覚をぢんさんは
心が風になる、と言います
本当に
心に優しい風が吹き込むような感覚になります
他にも
心が解け放たれる感覚だったり
緩んでいく感覚だったり
軽くなる感じだったり
ほっとする安堵感だったり
自由さを感じたり。
それが、
心が本来の在り方に戻った感覚です
・
そうなると最後にやるのは
本来の在り方である大前提を元に戻すだけです
〝どうせ私は 素晴らしい〟
〝どうせ私は 愛されている〟
この「ある」の土台に戻すのです
思えなくても
そう「思う」のです
なぜなら
それが本来であり真実の場所だからです
それはもう、諦めて
受け入れるしかないのです
「ない」と思っていたから
辛かったのですから。
自分は存在しているだけで
愛されていて
喜ばれていて
感謝され
誰かの役に立っていて
いつだって満たされている
足りてないものも
欠けているものもなく
存在そのものが尊い
何度も言うように
私たちは元々、この在り方だったのです
そして今だって何の変わりもなく
ただ在るだけで
愛されているし、素晴らしいのです
嫌われても
好かれても
ダメでも
すごくても
できても
できなくても
最低で最高な
このままの自分が素晴らしいのです
・
幸せな在り方とは、
現実や条件でもなく
問題がある、ないに関わらず
心が幸せを感じていること、です
嫌な面も良い面も
どっちもあって「わたし」です
どっちになっていても
あなたの素晴らしい価値に
変わりはありません
価値は少しも減りません
辛い
苦しい
思うようにならない
そう感じたときは
在り方が傾いた合図なだけです
その合図に気づいたら
元に戻せばいいのです
そう。
私は最低だし、最高なのだ、と。











