今日の言葉 256
 
貧乏は
学びの勲章
 
今は経済的格差など
様々な所で聞く時代になってきています。
 
私の育った頃は
私の実家は農家で米・畑農家で
たいして裕福ではなく
今のように、なんでも与えられるような時代ではありませんでした。
 
裕福でなくても
生活の中に、たくさんの知恵があり
畑の野菜は活躍していました。
 
特に魚や肉を食べることが
ほとんどなくても
栄養失調になることもありませんでした。
 
果物なんて、ほとんど食べることがありませんでした。
 
私が成人になるにつれて
日本の食生活も
どんどん変わっていったように思います。
 
貧乏より貧困という言葉の方が
生活が苦しいという意味になるんですね。
 
貧乏とは
財産や収入が少なく
生活が苦しいこと、貧しいさま
貧困より生活は困窮していない
 
と意味が書かれていました。
 
貧乏だからって言葉を聞きますけど
その中で、できる工夫って
たくさんあるんですね。
 
貧乏という視点に想いばかりいくと
何で私だけ
何で?となるかもしれませんけど
 
物の大切さを学ぶでしょうし
何より、感謝の心が育まれていくのではないかと思います。
 
貧乏の中にこそ
たくさんの学びがあるんですよって
伝えてこられたんですね。
 
今は引き寄せ・脳の書き換えなど
そうしたことが、とても流行っていますけど
 
こうした経験は
何より、魂を成長させることができるんですね。
 
貧乏だからと
諦めたり拗ねて生きていくのか
 
その中で、笑顔で、楽しめることは何なのか
 
そうして視点を変えて生活をしていくと
どこかで何かが変わっていくのかもしれません。
 
私は子供の頃
特別な物を与えてもらって育ったわけではありませんけど
それでも、何かをほしい
周りはいいなぁと思ったことは
特別、なかったように思います。
 
米農家だったので
ご飯は、たくさん食べれましたし
農家の仕事も、良く手伝いました。
 
それが当たり前だったからです。
 
今でも、何か特別な料理を食べたいと
食に対する執着がなくてね。
 
芋でもカボチャでも
おやつだった子供の頃ですから
 
おやつが芋やカボチャでも
全然、平気なんですね。
 
この言葉から
皆さんが何を想い、何を考えるのか。
 
今の生活に有難いなぁと感謝できるのか
まだまだ不足だと思うのか。
 
きっと、そうしたあたりを
問われている言葉なんだろうなぁと思いました。
 

 
お読みくださり、ありがとうございました。

元氣母ちゃん♡ありがとう♡万歳♡感謝♡謙虚♡