この1カ月ってやつ | ゚.+・。cocoroad。・+.゚不妊治療珍道中の巻

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2009年の流産から2013年に突入しましたが、コウノトリからは全く音沙汰なし。
ウジウジしてるうちに年も取り、
こりゃいかんwと高度不妊治療専門病院へ行くことを決意!
泣いて笑って、また赤ちゃんに会うその日までのドタバタ記。

いけないとわかりつつも夜更かし…

私は不良ですデューク東郷



あっ、これ子犬バーニーズワンワンベビー(・∀・)
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ちっこくてかわええの~萌え

ハムハムと私の指をくわえる姿はもう…モヘ死



そんなこんなで解散は翌日朝おはょ― コケコ



帰宅したら弟二人とも起きていた。

1カ月ぶりに会う。

少し話して一人が寝て、

一番下の弟が残った。



一番下の弟は私が流産と決まった日、

病院に来ていた。

一緒に診察室にまで来て一部始終を見ていた。



1カ月前、私は主人以外の家族の前では泣かなかった。

笑った。とにかく笑い続けた。

色々な感情で混乱していた私には

その時笑うしか方法が思いつかなかったんだ。

手術の検査を待っている間も関係のない話をし、

なぜか気にさせまいと必死になった記憶がある。



家族が見えないところでは…



入院手続きの書類に字も書けない状態だった。



手が震えてとかそんなんじゃなくて、

ボールペンが柔らかくなったような感触で

字が本当に書けなくて主人に書いてもらった。



弟は私が必死に強がってるのを黙って見ていた。



この1カ月。



誰とも話したくなかったし、

家族の顔ですら見たくなかった。

励ましなんてクソくらえだった。



「妊娠できる体だとわかっただけでもいいじゃない」



…何が?ねぇ、何がいいの?



「子供を失くす痛みよくわかるよ」



…失くしたことのない奴に何がわかる。

…反吐が出る。



お願い!みんな黙ってて!!!!!



私は恥ずかしいぐらいやさぐれた。



アメブロを始めてから色々な人達と出会った。

10人入れば感じ方傷つき方も

似ているようで10人10色。

みんなそれぞれが毎日変わってみせる

自分の内面と必死にもがき戦っている。



うまく言えないけど…



そんな痛みを抱えていた人達が前へ前へ、

簡単に消えてくれない痛みの波に襲われながらも

前へ前へ進もうとする姿勢に少しずつ触れるうちに

勇気ってやつを初めて知った気がするんだよ。



たくさん励まされ、たくさん共感し合い、

そのうち苦しんでる人にはまた前に進むきっかけを

少しでも与えてあげられたらと思うようになった。



そうして1カ月。



私はやっと実家に向かう電車に乗ることができた。



私の家は今母親とは離れて暮らしている。

地方に住む祖母が認知症を発症してから、

母は迷うことなく仕事を辞めすぐに祖母の元へ行った。

私達家族はそんな母の行動を誇らしく思っている。



話が横道にそれてしまったのですが、

そんな事情から実家は父と弟2人の男世帯。

炊事洗濯みんなできるけど、

男だと行き届かないところもある為、

結婚してからも最低週に2回は実家に通っていた。



男達のケツを叩く元気が取り柄の口うるさいお節介姉ちゃん。



だからメソメソした姿なんて見せたくなかったんだ。

どうしても。

母がいない不自由もある中で弱音を吐かずに

日々慣れない生活を送っている彼らの前で泣きたくなかった。

いつもの私に戻るまで実家に行けなかった。

どうしても。



でもね、違った。



何にもわかってないと思っていた家族は

みんな全部お見通しだったようだ。



弟は一言。



「お前のことだから一人でずっと泣いていたんだろう」



だってさ。



知らない間に私の中の『お姉ちゃん』は

こうでなきゃいけないとマニュアルが作られていた。



ばっかみたいだなーってふと思ったと同時に、

その一言が無性にうれしかった。



彼らはただただ静かにずっと私の回復を待っていてくれたのだ。



アメブロで救われ、友人に救われ、家族に救われる。



私は一日一日前に進んでいるんだなぁ。



たくさんたくさん背中を押してもらっている。



そんなことを今更ながらに感じて心強くなった。



昨日よりもまた笑える。



ゆっくりゆっくりと。



私は元気になってきてるんだね。



強がらなくていい、焦らなくていい。



一人ぼっちじゃないんだもの。




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