月曜日に東風谷さんと話してから、
今までと違う風が、
自分の心中に吹いている。

心屋さんの魔法の言葉で、
「よくがんばったね」
というのがあるけれど、
東風谷さんからも、
同じように労いの言葉を
最初にもらった。
つっかえ棒が折れたように、
一瞬にして泣いた。


で、
月曜日の午後から思うのは、

自分は、
相対的には分からないけど、
自分なりにずっとがんばってきた。

でも、何を?


習い事は結構飽き性で、
結構、浪費家だと思う。
勉強も就職もまあ普通。
結婚には一度失敗しているし、
正直、同性異性とも人間関係は×。
実家や家族とは遠くないけど近くない。
家事は苦手で、仕事に逃げている。

人並み外れてがんばったこと?
ないよね。

-----

カウンセリングを受けていて、
私が男性の視点の評価を指標に、
がんばってきたことが分かった。


いつか、両親がいなくなったら、
私が、家と弟を守るつもりでいた。
「3人のお葬式を私が取り仕切る。
 だから死ねない。」と思っていた。
今はまだその時じゃないから、
一時の休息を貰っている気分。


トップは孤独と、聞いたことがある。
おかしなことを書くけど、
私はこんなような心境かもしれない。


「がんばらなくては」
という気持ちは、より潜在的な観念で、
「失敗できない」
という緊張感がどこかにある気がする。

それと表裏で、
大事な家族を守る誇りでもあり、
誰にも代われない譲れない立場。
嫌々やっている訳でもない。
だから弱音は吐けない。
だから
「がんばらなくては」

ここで最初に戻り、無限に回転する。



この孤独は、説明が大変だ。
おまけに家族のためなんだと言えば、
家族の重荷になるから、
説明自体を控えたいと思ってしまう。

だから、家族には、
ありのままを言わないまま、
重く大事な回転は続く。

家族は、その影を感じて、
あえて触れない。
互いに家族を思う気持ちを尊重して。



大黒柱の孤独。

自分を追うと、父の孤独が見えました。


「もっとなんでも話してほしい」
と父には思っていました。
話さずに、移り変わるご機嫌には、
家族みんなが右往左往していたから。

でも、話せない分、重い責任だった。
頼れるはずの祖父を、父が10代で亡くして
ひとりで、皆が経済的に困窮しないように、
全責任を負ってきた50年。
それは、簡単に緩むものじゃないよね。
私だって簡単に責任を手放せないんだもの。

-----


私は何をがんばってきたのか。

多分、軟弱な私が、
家族を支えられる自分でいられるよう、
がんばって保っていたんでしょう。

千代の富士が
脱臼しやすい関節を、
筋肉を鍛えて守ったように、

弱くてだらしなくてワガママな私が、
知識や、学歴や、こなす仕事の量で、
コーティングして、頑丈にして、
大黒柱に適した自分になれるよう、
がんばっていたんだろうと思う。

「本当は気付いてほしかった」

は、こういう部分だと思うし、
この言葉は、自分自身に向けた声だ。

「分かって」、「わかって」

と思いながら、言いながら、
自分が一番分かっていなかったこと、

今日の整理はここまで。〆