この日の事は一生忘れる事ができないでしょう。
いつも通りに目覚める、いつも通りの朝。
妻が朝食を作ってくれる。
いつもと違うのはネクタイを締めない事。
JRの駅へ向かわない事。
自転車で病院に向かう。
できるだけ早く出勤したいから、おじーちゃん、おばーちゃん達に受付の先着勝負で勝たないとね。
いつも通りの時間に出たら7:40過ぎには病院に着く筈だ。
病院について再診受付をし、速やかに採血の受付へ。
これでいいのか?このクリアファイルをここに出せばいいのか?とオロオロしてしまう。
周りから見ればちょっと挙動不審だったに違いない。
そのうち、係の人が出てきて順番に呼ばれる。
それでも17番目かぁ~、なんて思いながら静かに待つ。
画面を見ている限り、4人以上が同時進行で採血される。
待ち時間も表示されるからそんなに待たされた気がしない。
8:30の診察開始から8:40には採血が終わっていたように思う。
ここから結果が出るのに約1時間。
血液内科の診察は予約通り9:30から始まった。
明らかに、前回と違う。
先生の表情、声色。
嫌な予感がする・・・。
・白血球の数はやや減少しています。
・ヘモグロビンもやや減少で基準値を下回りました。
・血小板の数は大きく数字を下げています。
・ここなんですが絶対に出てきてほしくない数字が出ています。
(今ならわかるがこれが本来ゼロでなければならない前骨髄球)
・先週、少し気になるといった数字を覚えていますか?
このpFDP定量とDダイマーが大きく悪化しています。
一週間で逆に悪化してしまったという事ですね?と聞く私に対し、「こうなると薬の影響ではなく、何らかの骨髄の病気を疑う事が自然です」
「一週間で大きく状況は変わってしまいました」
「今日、まだお時間は大丈夫ですか?骨髄の検査をしましょう、準備します」
お時間は大丈夫ですか、と丁寧に聞きながらも、
先生の言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
検査の説明を受け書類にサインをする。
この時点で既に白血病の文字が頭をよぎる。
薬害じゃなかったのか?白血病って白血球が増えるんじゃないのか?
混乱した頭で看護師さんの指示に従う。
骨髄検査の説明を更に受け、10:30から開始ということで、少し時間がある事を知る。
昼から会社に行こうと思っていたので職場に連絡したい。
そう言って、職場に連絡をした。
チームのメンバーにはE-mailを。
直属の上司には電話を。
血液検査の結果が良くないこと。
骨髄の検査をするので昼過ぎまでかかりそうなこと。
その結果次第では即入院になること。
上司も部下も仕事は気にするな、と言ってくれた。
そして、骨髄穿刺。
要は太い針を骨髄に直接刺して骨髄組織を抜いて検査するわけです。
説明してくれた看護師さんからもちょっと痛いですよ、と脅されて。
処置室に行ってみると若い女性が。
可愛らしい看護師さんだなと思ったらドクターでした。
診察してくれた先生が検査されるものだと思い込んでいた。
「うつ伏せに寝て下さい、麻酔しますよ、はい麻酔足します、では始めまーす」
ちょっと痛いと思ったのは最初の麻酔だけで何も痛くなかった。
20~30分安静にする。疲れてるので寝るかと思ったが眠れなかった。
その後、再度診察。
やはり、先生の表情が硬い。
あぁ、ダメだったんだ、良くない結果なんだと確信した。
「骨髄の標本も見てきました」
「残念ながら、結果は白血病です」
「1日でも早く対処しないと命に関わります」
「今日から入院して下さい」
そこからは記憶が断片的だ。
事務の方から入院の手続きについて簡単な説明を受けた気がする。
時間は正午を過ぎていた。
タイミング良く妻から「どうだった?」とLINEが入っていた。次女の写真と共に。
今日から入院らしい、急性の白血病だ、と入れる。
すぐに行くという妻に、改めて連絡するからちょっと待って、と返す。
職場に連絡。
チームのメンバーに、上司に、人事の課長に。
残念ながら、緊急入院で長期離脱が確定です、と。
病棟に移る前に個室にするかどうか聞かれるが、当然判断できない。
とりあえずは4人部屋で構いませんと伝えて病棟に案内される。
妻を呼ばないと行けないが、入院するのに一度は自宅に戻らないといけない。
先に戻っていいのか、妻を呼んで話を聞いてから戻るのか。
どうしていいのかわからず、イライラした。
結局、妻を先に呼んで一度夫婦で話を聞いてから戻ることになった。
今思えば、受け入れる病院側も混乱していたように思う。外来と病棟でうまく情報の連絡がいかなかったのだろう。
タクシーで妻が来て、文書を提示され、改めて先生から説明を受ける。
・正常な造血ができておらず、前骨髄球という細胞が増加している
・診断は「急性前骨髄球性白血病」で、血液が出て止まりにくい
「播種性血管内凝固(DIC)」という合併症も一部認められる
・この病気は早く見つかったからといって治りやすいかというとそうではない。
一方で発見が遅れると急速に悪化して致命的な結果となる。
そういう意味では早く発見できたことは良かった。
・白血病は手術はできないので、投薬による治療が中心となり、いくつかの抗がん剤を様子を見ながら組み合わせて治療する。
・一部、2%位の確率でややこしいケースがあるものの、白血病の中では対処しやすい部類に入ると思われる。
恐らく、骨髄移植は必要ないが、全ての検査結果や治療の経過を見ながら判断していく。
・まずは正常な状態に戻す「寛解療法」をやり、次に再発防止に向けて徹底的に治療する「地固め療法」をやるのがセオリーなので、今回もそういうやり方になる。
・5年後に再発しない確率は約70%。
・抗がん剤と共に輸血もしながら対処を行う。
・今後の採血や投薬、輸血をやり易くする為に中心静脈カテーテルを入れます。
・入院期間は概ね半年を見ておいて下さい。
こんな説明だったと思う。
治るんですよね、という問いかけに対して正直で誠実な先生は絶対に「治る」と言わなかった事だけを覚えている。
昼食を取っていなかった我々は病院1Fのレストランで蕎麦を食べて、私は初めてこれから長い付き合いになる「ベサノイド」という薬を飲んだ。
15時を過ぎていた。
何とも言えない暗い空気をまといながら、二人でタクシーに乗って
自宅に戻った。