カノックスターの関所を観察していて、
どこかで見たことあるサングラス→土龍(モグラ)
喋り方→せっかちな感じ、落ち着きのなさ、軽さ
動作→ちょこまかとしたところ
思い出した!
高3で同じクラスだった、
井戸硲 義仁(イドサコ ヨシヒト)仁がつくのは、王家の男子と思われる。
井戸硲さんの名字の由来や読み方、全国人数・順位|名字検索No.1/名字由来net|日本人の苗字・姓氏99%を掲載!! (myoji-yurai.net)
まじで!!!!!
井戸硲の渾名は、まめたん!
豆単語+豆のような顔から、まめたん!と呼ばれていた。
ええええええええ!
あんた、天皇と呼ばれるDNAだったんや!
親戚だったんか!
わたしと仲良かったです!
「風見慎吾」に似てるっていわれるっていってた。
風見慎吾に顔とられたんだね。
ものすごい明るい性格!ひょうひょうとした性格!
おっちょこちょさが、丁度よかったんだよね。
桐蔭ってヲタクで頭いい、真面目な子ばかりだから、
授業中は、各クラスの先生の声と、
廊下を歩く音しか響かない変な学校w
私語、全くなしwあれ、異常だよw
でも、あれでよかったのかもな。
卒業したら、大人は、しゃべってばっかりで、
休憩でお菓子とか、仕事してくれない女性ばっかりだった。
合わない子もいたけれど、高校の二番手王家の方が
社会に出て、ほかの大人と合流したら、最悪だった。
働いてくれない。仕事してくれない。困った。
何しに来てるの?
その働かん女どもは、家にいづらいから、
会社で働けと母親たちから追い出されてきたんだと!
そんなやつらばっかりだった。
男はセックスねだるし、会社ってセックスでみだれとるわ、
もう、二度と会社とかで働かんぞと、わたしは誓った。
中学高校が最高だったんだね、それでも、いろいろあったけどな。
まぁ、この星に生まれたら、だれひとり、助からない宿命だったんだよね。
ノリコとユリコのせいで!
事故村の16人のせいで!
事故村は、王も女王も、水分子12人も全員有罪!
水分子の最初の犠牲者2人は、ほかの生物が全滅していることの
調査報告を怠ったようだ。
最初に事故村の女王がルールを決めていなかったことと、
宇宙システムプログラムを理解できる頭がなかった女王2人だった。
わたしは5番目だから、事故村の女王に、ずっと、
わたしが生まれる前から、計画的に、罪をすべて、
押し付けられて、わたしは、ずっと殺害されてきたわけだ。
事故村全員を許さん!
代償支払いを事故村関係者全員に求める!→わたしの宇宙に連絡
井戸硲と同じクラスで、
のちに、井戸硲と付き合ってたのが、
野島千津子(ノジマ チヅコ)
渾名は「チーコ」
この時期、
「チズ」「チヅ」「チズコ」「チヅコ」
周囲が「地図」という名前だらけになった。
高校で最も行動を共にしていた時期が多かった。
この子に「リヨン」というケーキ屋を紹介してもらった。
エリー族!
そして、
韓国系の子だと思う。
千津子がいった。
「さおりちゃん、耳たぶあるから、イヤリングできるやん!
ちーちゃん、耳たぶないねん、見て!
イヤリング落ちるから、ピアス開けることにしたわ~」
耳たぶないって!どういうこと?
お父さんが韓国人遺伝子だったんじゃないかな?
そういう顔つきで、
お姉さんがお父さん似で、全然似てなかった。
お姉さんが摂食障害で舞台女優を目指していたこと
「ミチヨ」
三千世
だったかな。
本当は、「三千世」→サチヨ
この読み方が王家の名前だったんでは?
というのは、
わたしの母のいとこで、
9歳でなくなった女の子が「さちよ」
この子の遺伝子を、わたしが受け継いでいるような感じ
鹿児島の島津家に連れていかれた
「山﨑祥代」(さちよ)
ますぶち さちよ
埼玉 さおりんご→さおり
さおり=さちよ
三千世=サチヨ(≒さおり 双子?姉妹?)
歌舞伎の成田屋
三千世界って、サチヨ(サオリ)を書き換えたのだろう。
成田屋倶楽部 三千世界 (n-sanzensekai.jp)
同じクラスで、
仲良かったのは、もう一人
宮尾浩史(ミヤオ ヒロフミ)
中国のミャオ族って、宮尾を名乗ってたのでは?
浩史(ヒロフミ)わたしの父と同じ(ヒロフミ)
ヒロシ→ロシアに逃れたミャオ族だったとか?
宮尾は、今いうところの、LGBT
本当にオカマと呼ばれる、あの、ねちっこい、しゃべり方で、
女の子の方が仲良しばかりだった。
宮尾と野島千津子は幼馴染ということも手伝って、
宮尾に「さおりは、かわいい、美人!好き!」と、
「オカマに好かれても、全然、うれしないわ!」
と、笑い話で華やいだ受験年。
人の噂は75日で全校をめぐるのか?
田中克介先生のラブホテル入る事件を
宮尾が見つけて、
わたしは、それはちょっとと道義的に間違えているようで、
やらなかったが、
チーコと宮尾は、噂を広めていったw
宮尾が「カツスケさぁ、昼間から、
メガネかけた、すんごおい、ブスと
ラブホ入っていったわ~」
↓
その後、なぜか、わたしが田中克介に一方的に
嫌われて、関係ないことで唯一、高校で、
思いっきり修学旅行の新幹線で、
わたしは、頭をどつかれたのを忘れない。
「カツスケ!」
みんな、そう呼んでいたから、生徒同士の内輪で
なにかの拍子でそう言葉が出たとたん、
うしろに呪詛指令で、カツスケが立っていて、
どつかれた。
修学旅行で、そんなことぐらいで、
新幹線の座席で座っている、
ほかのクラスの女生徒(わたし)に、
うしろから思いっきり、どつく~?
26歳くらいの若い教師だった。
やっぱり「田中」嫌い!
「田中」に関わるとひどい目に合う。
わたしは、みんながそう呼んでいるから、
「カツスケ」と呼び捨ては、いやだったのかもしれないが、
修学旅行という人生でもイベントの日に、
うしろから、おもいっきり、男性教師が、
別のクラスの担当外の女生徒の頭をどつくって、
問題行動では?傷害罪では?
言葉で「そう呼ばないくれ」これだけでよいと思うが。
噂は、わたしは流してなかった。
第一、
高校の教師をしながら、生徒に見つかるかもしれないのに、
白昼どうどうと、ブスとラブホテルに、
歩いて入るから、田中克介、おまえの行動が原因なのに、
わたしのせいにして、暴力、傷害罪。
口横にあわぶくを立ててしゃべる男が、
わたしは嫌いになった。
田中って問題多すぎる!悪いことしてるやろ、全国の田中!
宮尾浩史の話に戻る。
彼は、今まで生きてきた中で、
一番、部屋がピカピカにきれいだった。
学習机なんて、顔が写るんじゃないか?ってくらいに、
磨かれていた。
宮尾の妹といっしょに、
メダルや賞の盾のコーナーがあるのに驚いた。
宮尾は家系図をつくっていたが、
ずっと京都大学とか東京大学とか、
医学部ばっかりの親戚にかこまれていた。
お父さんも京都大学の研究者だったかな。
医者だらけの中のLGBT
英語の弁論大会で入賞してたり、
韓国の絵のコンテストで入賞したり、
ピアノは「展覧会の絵」を力強く弾いてくれた。
お腹はシックスパックで、
体育祭は、バク転、バク中をしてくれた。
ちっこいけど、バネの力で、
反逆の力を医療ではなく、芸術に出すタイプだった。
宮尾の最期の場面は、
やはり、1999年の年
偶然、必然、自転車で和歌山県庁あたり、
タイガーバーム薬局あたりを自転車でこいでいたとき、
帽子に白い軍服の男性が歩いていて、
それが「宮尾」だった。
航空自衛隊の制服だといってた。
となりに若い男性が犬の散歩をしていた。
宮尾は笑いながら「東京からのお友だち」っていってた。
恋人かと思っていたが、
あの日が、宮尾との最期だったとか、いつも、こんな感じの友との別れ。
いや、親戚、きょうだいとの別れは、突然やってくる。
昨日と同じ、当たり前の景色と風の中で。
韓国王家、ここの遺伝子で仲良かった同級生だったのでは、ないだろうか?
韓国人?中国人?
あの~、王家は、わたし、どっちも仲良かったわ。
日本と仲悪い、韓国や中国って、
そもそも、その国の人ではないのでは?