私は宗教のある家に生まれた。
両祖父母から続く。
何かせっかく築き上げてきてくれたものを壊すなんてできないし、実際すばらしいなとも思うしで、ずっとそれなりに続けてきた。
夫はもともと無宗教だったし嫌がっていた時期もあったけど理解してくれました。
でも、正しさを訴えると必ず間違いが生まれる。正義があれば悪がある。
それが嫌になった。
別にその宗教や信仰している人を否定しているわけでもなく、嫌いなわけでもなく。
すべては自分。
本当にすばらしいことを言ってるしやっているのだけれど、
私がどうしたいか?どう考えるかを今まで省略してきてしまった気がした。
今はあることをきっかけにしばらくそこから離れた生活をしている。
今まで、基本的に頼まれると断れない、無下な態度をとれない。
今日、自分を信じて生きていこうと思っていると言った。
お願いを断った。
曖昧な態度をとることもできた。
でもいつもみたいな態度はやめた。
はっきり意見を言った。
ざわざわするし落ち着かないけど。
嫌われるの怖いけど。
誰かに、こうしたからこうなったとか言われるの怖いけど。
4月から地元に帰れば、当たり前のように生活に入り込んでくるだろう。
本音を話したら怒られるかもしれない。
悲しまれるかもしれない。
でも、私が感じることを私が一番大切にしてあげたいんだ。
宗教の事を外に知られたくない自分。
宗教の中では頑張ろうとする自分。
正しいに固執していた自分。
今思うのは、私こそが一番宗教に偏見を持っていたんだという事。嫌悪していたのだという事。
宗教の話題、いつもドキドキ、ざわざわしていた。
はるちゃんや心屋さんの宗教の記事でも心底感じた。
綺麗で潔白で。
そうじゃなきゃいけない、汚いのは嫌だと思う私の狭くて汚い心を壊してくれたのはやっぱり夫でした。
そして、
汚い自分を受け入れたら、
真っ白なわたしを見つけました。