何食わぬ顔でセックスの準備をする私
すべてを知ったような表情で袋をくれる母

いってきます
いってらっしゃい

のやりとりだけは、20年くらい前からなんら変わっていない気がしてほっとする

ただいま

終電の数時間前に、残り充電1%の携帯と共に帰宅した私

携帯充電器はリビングの片隅に乱雑に並べられた私物の上でふわっと座っている

鞄を揺するとコンドームの袋の破片がひらひらと音を立てて床に張り付く

首筋に残る赤い模様は昨夜の物語を小さく押し込んだようだ

一昨年、違う男の前でも着たセックスのための衣装は無数の毛玉が広がる

こういうのを危機管理ができていないというのだろうか


偶然
数年前の同じ日、同じ場所の観覧車に違う男と乗った

都心に聳える観覧車をみて胸騒ぎがするのは、あの密室の空間でキスをしなければならない、あるいはそれ以上、強姦されているような感覚を思い出すからか

それとも単純に高所に恐怖を感じるからか

両方か

今日の朝も私の中で果てた男の隣で、ぼーと観覧車を眺めながら切り出す「貴方は他の男と違う」という趣旨の話は、紛れもなく真実で、汚れた自分を忘れるくらい清く、白く感じた。

真摯に話を受け止める表情は私と対照的に、無垢で、自然的で、美しい


やがて降りる寸前に、息苦しいあの空間にあと少しだけ居たくなっていた


その美しさを奪いたかったのだ


観覧車を見て胸騒ぎがするのは


ネオンに照らされる人工的な光だけが、自分自身の悪い部分をかき回して包み込んでしまう、そんな魔力を感じるからかもしれない