今日はゆっくり休んで
という言葉の裏に、週末だから遊んでくるという意味があることを知っている
彼が口にする「実は」にいつも意外性はない
毎日のようにsnsをまわって、しもしない就活とやらをメールを見てしてる気になる。またsnsに戻る。就活サイトはいつも嘘が横行し、嘘に騙される人が行き交っている。
急速に広まったリモートアプリ越しの就活生は私の千億倍くらい輝いてみえた。
あー多分この人達には敵わないんだろうな
毎日絶望し、同じようなことを繰り返し言う日々に耐えられなかった。たまに話す同世代を見てやらなきゃやらなきゃと思うのは彼らと話し終わった5秒後までだ。
インターネットがスラム化した現代で、携帯は凶器にも救世主にもなりうる。
尊敬している作家のライブ配信に行った。予想しているより遥かに暖かい声で話していた。タバコを吸う音も愛おしく、ケタケタと笑う画面の向こうのあの人に恋をしてしまった気分だった。
こんなに人を愛おしく思ったのはどのくらいぶりだろうか。恋人と言われる人間から電話がかかってくるあの感覚は、愛おしいどころかなんともいえない恐怖感がある。
そういえば恋人という存在に囚われない生き方
それをまわりは理解できない。
もしくは理解しているフリをして実は理解していない。
長年の友人だと思っていた女には
「ごめん、わかんないわ。」
と冷たい顔で言い放たれた。
男に生きるお前には分からないだろうと私の核が燃えた。
明後日、開けといて
そのメッセージをみて不覚にも心が高鳴っていた
だめだと思った分だけ連絡が来ると嬉しくなる
求められると求められた分だけ返したくなる
本能なのか、個人的観念なのか
人間一人一人に個性がある中で1人を選ぶなんて、無理に近い
ごめん、わかんないわ
またそうやって言われそうである
今日はゆっくり休んで
私は彼を許さないし、明後日もゆっくり休むことにする
良い夜を