言葉遣いって

むずかしいもんです。




前にも書いたと思うけど

言い方しだいで

その言葉の真意が

まったく伝わらないことも

ありますよね。





逆に

どんなに心を尽くして

言葉で伝えようとしても



相手の心に

どんな風に届いているかなんて

実際には解からない。





自分の思っているように

相手に伝わっているか



それも相手の言葉が

自分に伝わらなければ

気づくことさえ

できないかもしれない。




それでも



それでも



人は自分の気持ちを

伝えようと

言葉を遣う。




黙っていても

伝わるなんて

それはもっともっと

難しいこと。



言葉を遣って

気持ちを伝える

努力を惜しむのは



楽なようで

実は遠回りのような気もする。






震災以降

本当にたくさんの

人たちが



被災された方々、

心に傷を負った方々に

いろいろな

応援の言葉を送っている。




その中で

よく聞く言葉…



「みんなに元気を与えられたら…」

「勇気を与えられたら…」

「力を与えられれば…」




どんなに立派な

成績をあげた

アスリートでも



どんなに

尊敬できる知識人でも



この言葉は

私には違和感がある。





与える…って

どんだけ上からなんだろって

その言葉を聞くたびに

ずっとずっと

気になっていた。




だから

彼らの

「たくさんの元気を届けられるよう…」

「元気になってもらえるよう…」

という言い方が、

その言葉が

やさしく響いた。




そんな少しのことだけど

同じ感じ方が

できているんじゃないかなって

思えた。



私も思っていることを

感じたことを

言葉で伝える努力を

惜しまないで

続けていかなくちゃね。