アンニョンハセヨ![]()
2009年10月に創刊された東亜日報大衆ウェブマガジン「O2」。
2010年の最初を飾る13号トップ記事はウリグンソクくんでした。
ちなみに12月24日の前号は村上春樹氏、1月7日号はキム・ヨナちゃん。
そうそうたる面々でしょ?^^
読み応えのある記事です。
なんたって「チャン・グンソク論」ですから^^
[O2/カバーストーリー]オリンピック キッズ チャン・グンソク論
●"恩恵だけ受けた虚勢だと? 私たちも熾烈に努力した"
● 87年生まれ,一人息子,語学研修,そして子役俳優…
●万能であることを強要された'オリンピック キッズ'の独立宣言
あなたの世代を代弁するアイコンは誰だったか。
アイコンを芸能人で置き換えるならば70年代初期に生まれた記者の場合はイ・ジョンジェとチョン・ウソンだったようだ。
リバーフェニックスとキアヌ・リーブス程度を挙げれば'少しはわかってる'あの当時。
20代を90年代に捧げた人々ならば二人は決して'恥ずかしくない'代案だとみなされるようだ。 少なくとも江南(カンナム)駅のオディセイでヒルトンホテルのファラオ、ハイアットのJ.J.マホニーズを経てジュリアナに集まった、今は40代に駆けつけそうな往年の'飛ぶ種子'らにはそうだった。
今の20代に聞く。 申し訳ないが軍隊行ってきた予備役らは論外だ。 あなたのアイコンは誰か。
'ない'と言い切る人がかなり多いだろう。なぜなら同じ年頃のスターをあえてアイコンだと大層に褒め称える理由がないばかりか、率直に自尊心が爪だけは痛むから…。 '認定'するまでは時間が必要だ。
▲ Q:"あなたの世代のアイコンは誰か?" A:"ない"
チャン・グンソクに初めて会ったのは、彼がドラマ'ファン・ジニ'で新たに注目され始めた2006年11月ある授賞式であった。 髪の毛の先端からつま先まで'今年のブラック'で、別の見方をすれば平易な姿だったが、その中では何か特別さが鋭く光っていた。
3年後の最近ではおしゃれな人らの必須アイテムになったハイトップシューズをはいて、鼓笛隊を連想すれば簡単に描かれるミリタリー風の上着を着た彼。 ある有名なスタイリストの手を経たのだろうという巷の想像を、当時満19才であったこの青年は"適当に取りまとめて着てきた"という話で格好良く破ってしまった。
2008年 KBS '快刀ホン・ギルドン'で悲運の王子で登場したチャン・グンソク。 彼は史劇と現代劇を分けないで自らの俳優根性を激しく誇ってきた。(写真=KBS '快刀ホン・ギルドン')
チャン・グンソクは世代を跳び越えた友人でもあり、また研究対象でもあった。 彼はアジア競技大会とオリンピックで揺れた80年代後半に生まれていつのまにか20代になったいわゆる'オリンピック キッズの標本と違いない。
一人息子、短いが早期留学といえる研修経験、大規模団地内高校ならば当然存在する教育の熱意の受恵者であり犠牲の羊、とても幼い年齢に子役俳優で演技活動を始めたが、「それはそれでこれはこれ」というように例外というのはなく、その同じ年頃の成長過程をそっくりそのまま経てきた。
最後の学力考査に最後の防衛で服務した'終電生活'が70年代中盤生らのアイデンティティを決定するというのは断じてちがうが、それでもせっかちな性質と虚しいことで代弁される共通の性情上、ある程度影響はあったという点を認めるほかはないように…。チャン・グンソクにもそんなことが存在しないか。
▲87年生まれ、一人息子、語学研修、そして子役俳優…
最近の4年間彼はかなり休むことない歩みを見せた。 ほどほどにするという俳優の尺度とでもいうような「一年にドラマ一編、映画一編に出演」を着実に守ってきたうえに、機会があると歌を習ってレコードまで出した。
検索サイトが紹介するチャン・グンソクのプロフィールは本業の俳優としてドラマ、映画はもちろん、歌吹き込み、さらに放送プログラム進行まで履歴書の'繁華街'のようだ。
1988年ソウルオリンピックを前後に誕生した世代を'オリンピック キッズと呼ぶ。
これらもいつのまにか大学を卒業して20代半ばになった。
ある者は疑問を示す。 まだアイドル スターで有効な彼の息ぜわしかった去る数年は誰かがさせてこのようになったのか。それなら同じ年頃のスターらのように作られたものなのか…
言葉を変えれば、彼が"ビッグ ブラザー"(big brother)と呼ぶ幾人かの隠れた助力者などは存在するが決定の主体は全てチャン・グンソクであったしチャン・グンソクというイメージを作ったのもチャン・グンソクだった。
1年前の今時分ソウル清潭洞(チョンダムドン)周辺のサムギョプサル屋で彼と会って交わした対話の主題は'何が不足してできたせっかちな性質なのか'であった。
筆者は少し先に生まれた世代が後世代に向かって「私よりもっと享受して育った君がいったい何が不足なの?」という気持ちで、率直に告白しようとするなら私よりもっと充実した暮らしをしているように見え若干の憎らしい心を混ぜて、ここにこの上なく痛ましい気持ちも入れて、今は速度調節ほどほどにしながら'妙手'を置かなければならないことだと忠告したようだ。
彼の論理はそうだった。 '長考終わりに握手'と。 ここに先んじた世代が次世代に投げる'また'を'賢い'チャン・グンソクは看破したように、自分の世代の現実をならべ始めた。
「僕たちは大学を完ぺきに出てきても就職が難しいです。 英語も、なんでも取らなければならなくて…'完全'熾烈ですよ。 それで俳優チャン・グンソクも熾烈に生きるしかないということですね。 それが'トレンド'なの。」
2006年 KBS 'ファン・ジニ'でハ・ジウォンと呼吸を合わせたチャン・グンソク.。ブレーキなしで走って行くオリンピック キッズのフィルモグラフィーには休符がない。
▲ "私たちの世代は本当に熾烈に生きました"
一時チャン・グンソクは何回かの'奇行'で話題に上がったりした。 ある年末行事ではヘドゥウィクの女装をしては胸で突然にトマトを取り出したし、ある日には長髪のかつらをかぶって大衆の前に出たりした。
このようなパフォーマンスは意図されたことだったかと? 新鮮さを越えて衝撃的だとすら感じた視覚的強度にどこへ跳ねるかも知れない世論まで勘案して彼の周辺はなぜハラハラしなかったか。 「授賞式がこのようにフォーマルなばかりでは…」というチャン・グンソクの弁に彼らは頭だけうなずくしか。
それでもこのような行動が一時の分別のない考えから始まったことであるかと言えば断じて違う。'驚くべきことに'チャン・グンソクは例えば'スターはこうしなければならない'というそれなりの職業観を持っている。
"真剣ながらも格好良くなければならなくて"それと共に今は'安い素振り'と呼ばれる"軽い面も共存しなければならない"スター。さらに英語も、演技も、スタイルも、歌も、芸能も、踊りもみな上手にしなければならない。 チャン・グンソクもまた万能になるのを強要される'オリンピック キッズの生涯'を生きていた。
"私たちの世代のこんな誰かスターに憧れます。 身近で、時には意外だけれど、ただマスコミに出てくる友人、それが未来のスターではないだろうか…."
最近作のドラマ'ハンサムですね'でチャン・グンソクはアイドル スターを演技した。 仮想のアイドル グループ リーダー'テギョン'が彼が引き受けた役割。すぐに2009年上半期を強打した'花男'の対抗馬と見ることもできるが、それでもテギョンがク・ジュンピョの再販ではなかった。 チャン・グンソクだけの何かが存在した。
'ベートーベンウィルス'のカンマエから'スタイル'のパク記者、'善徳女王'のミシルまで艶がない語り口にあえてつねろうとするなら'外剛内柔'のキャラクターが大勢であるこの状況でチャン・グンソクのテギョンもまたその延長線上にあると解釈することができる。 しかし何より彼が大衆に大きい点数を受けることになった背景は20代俳優がやはり全く違う姿をリリースすることができる'メソッド演技'が可能という点を実現にやり遂げたためではないか。
▲チャン・グンソクというスポーツカーは5段を置いて休むということなしで駆けて来た。
'花男'ク・ジュンピョの代わりに'ベートーベン ウイルス'を選択した彼。 演技者も自然に作品の中で年を取るように,歳月はあっという間に流れるのでチャン・グンソクはもしかしたら'イケメンですね'を通じてしばらくストップウォッチをかけておきたかったのかもしれない。 20代半ばに向かっている彼がアイドルを演技した本当の所感はアイロニックだ。
俳優チャン・グンソクはアイドル大爆発時期後輩らが参考にしなければならない最も立派な教科書かもしれない。(スポーツ東亜イム・ジンファン)
"アイドル スターを演技してもう少しおとなの世界に一歩近寄ったといいましょうか。 私もまだこうだと定義することはできない変化が確かに生じました。"
自動車がすべての男のロマンであるように、チャン・グンソクもまた自動車が好きだ。 自動車に比喩しようとするなら、チャン・グンソクというスポーツカーは4年間5段を置いて休むということなく駆け来た。 高速疾走のための性能改善はあったが、昨年と今年ははっきりと違う'フェイスリフト'はまだ'だった。
チャン・グンソクだと調べてみることができるアイデンティティを大きく揺さぶらなかったから、彼はこの険しい競走で生き残り成長できたのかもしれない。
しかしもう時がきた。
チョ・インソンが、ソ・ジソプがそうだったようにチャン・グンソクもある瞬間には明確に変わったチャン・グンソクに生まれ変わる時が….。
チャン・グンソクの今年の一年がより一層気がかりなのはこのためだ。
スポーツ東亜ホミンニョン記者justin@donga.com
元記事はコチラ
はーーーーー・・・。
長かったね~。お疲れ様でした。
でも面白かったでしょ?
翻訳はとーーーーても難しく、日本語力を駆使しただけでは到底無理でした(;´▽`A``
(韓国語力じゃなく日本語力って所が・・・^^;)
なので雰囲気で読んください。クリ。
この記事を紹介してくださったYさん。ありがとうございました♪



