この日。ついに火葬です。
朝はいつも通り早めに起きて、ゆっくり・・・とはいかず、結構バタバタと過ごしていました。
主人には、黒っぽい服装ならそれでいいよ、と言ったんのですが
主人的には
「きっちりした姿でお別れをしたい」「ちゃんとしてあげたい」
という気持ちから、礼服を用意して欲しいと言われたので礼服を準備。
私は黒のワンピース。
リーの妊娠中に着ていたワンピースでした。
リーもママとそっくりな黒のワンピース。
もちろんフーも買ってきたお洋服を着て、みんなでお家を出ました。
家族4人でこのお家に戻ってくることはもう無い・・・
とっても悲しくて、涙が出てしまう。
力を振り絞って火葬場に向かいました。
火葬場では本当にあっけないお別れでした。
到着するとすぐに焼き場に連れて行かれ、そのままフーを置くように促されました。
もうね、ここで、サヨナラ。
ゆっくりお別れできる環境も無く。
「ではお時間が1時間ほどかかりますので、待合室でお待ち下さい」
そういわれ、待合室で待つこと40分ほど。
呼ばれました。
焼き場まで戻ると、そこにフーの姿はありませんでした。
そう、やっぱり週数が早かったので、お骨は残りませんでした。
こうなるのを見越して、水子供養をと考えたのですが、いざ何も残らないと、本当はまだお腹にいるんじゃないかと錯覚してしまう。
というか、元気にお腹にいてくれると思いたい自分がいます。
それは時間が経ってもそうです。
もう私には宿ることが無いかもしれない命。
大切に育てたかった命。
私はフーを殺してしまった。
きっとフーは元気に生まれたかったに違いない。
私の無理が命を絶たせてしまったんだ。
私はグルグルいろんなことをぼんやりですが考えていました。
私たちはその後、フーを供養してもらうお寺の方面へ向かいました。
お寺の水子供養は一日二回。
午後の供養でお願いしようと思っていたので、まだ時間があります。
近場にある西松屋に行ってお供え物を購入。
これが地獄なんですよね。
子供や赤ちゃん連れが多いのですが、当然幸せそうな妊婦さんもいるわけです。
臨月に近い妊婦さんも溢れているわけです。
私も数日前までは幸せだったのに・・・
私は今、お腹にいなくなった我が子のためのものを探しに来ている・・・。
しかも、リーが早めのお昼寝タイムに突入してしまい、仕方なく主人はリーと一緒に車でお留守番。
おかげで私一人ぼっち。
なんでこんな試練をいきなり味合わされているんだろ(涙)
いや、リーのせいじゃないよ。
頑張って付き合ってくれてるんだから、嬉しいよ。
でもこのタイミング(グスン)
以前拝読したなにかの記事に
「子供が臨月間近で胎内死亡し、翌々日に出産するので明日はお子さんのためにお洋服など用意してあげて下さいねと病院側に言われ、大きなお腹を抱えて子供用のお洋服を買いに行ったら、みんな幸せそうにお腹のこのために買い物しているのに、自分だけは悲しみの中、亡くなってるお腹のこのためにお洋服を選ばなくてはならない。しかも見た目は妊婦だから、お店の人が笑顔で声を掛けてこようとする。本当に辛かった」
というような内容があったのを思い出しました。
ああ・・・
こんな悲しいことってあるのか・・・と思いましたが
私はもうお腹に子供もいなくなってしまった状態だし
もともとそれほどお腹が出ていたわけではないし。
それでも地獄だと思いました。
臨月とか、お腹がかなり大きなお母さんたちの苦しみって、もう言い表せないな。
そんなの当たり前だけど。
そんなのも分からなかったの?と言われそうだけど、きっと本当の意味で分かることなんて、ないんだと今なら思う。
経験しなくてはわからない壮絶な苦しみと悲しみ。
誰にもわかってもらえるわけないな・・・と。
私はもう少し早かったら流産で扱われ終わっていました。きっと。
でも、フーは「死産」を選んでくれた。
そこまでは頑張ってくれた。
出産までに行き着くにはとっても大変だったけど、出産できて本当に良かったと思う。
もしかしたらフーも悩んだのかも。
弱いお母さんだから、流産になるうちにさよならしようかな?とか。
でも、あえて死産だったのにはわけがあるんじゃないかなって。
だから今の私は、いなくなってしまったフーのために嫌な気持ちにならず、頑張ってフーのために探してあげなくちゃ!!と思いました。
選んだスプーンは、お空で食事に困らないようにという願いをこめて。
あとお茶。
のどが渇いたらいけないから。
次回行く時にはミルク持って行ってあげなきゃな。
持って行ってあげようと思ったのに、作ってくるの忘れちゃって。
ごめんね、どんくさいママで。
おもちゃは前々日にフーのお洋服を買った時一緒に購入したギター型のおもちゃ。
我が家は音楽大好き一家なので、決めました。
それらを持参し車に戻るとリーが目を覚ました。
ではついでにごはんも食べていこうと行くことで、そのまま食事に向かいました。
それからお寺へ。
まだ時間があったので、近くの公園でリーを遊ばせに主人に行ってもらいました。
私はさすがに産後なので車で待っていました。
リーはきっととってもつまらない一日だと思います。
リー中心の一日ではないのだから。
何かを察しているのか、ここ数日、とってもお利口さんなリー。
でもこの日は今まで見たことのない不思議な愚図り方?をしました。
なんとも伝えがたいのですが、親しか分からない感じなんだろうな・・・・と。
時間になったのでお寺に入って受付を済ませると、待合室で待機するように言われました。
待機していたら赤ちゃんを抱っこしたお母さんとおばあちゃんが突然入ってきて・・・
どうやらその時行われていたであろう産後のご祈祷?(お寺でもご祈祷??)に来ていたようです。
なんとも複雑な状況でした。
ため息しかでなかった。
世の中のシステムって、切ない。
この後、私たちは供養してもらうんだもんな・・・。
待ち時間が意外と長く (予定していた供養時間を超えてしまった)
リーは待てなくなってきました。
ちょっとグズグズ言い出したころ、また扉が開き、一組の夫婦がやってきました。
たぶん・・・私たちと同じ供養のために来たのだと思います。
・・・ああ、これはこれで申し訳ない・・・。
だって、リーがいるんだもの。
もしもあちらは子供が1人もいなかったらって考えると、私はとっても悪魔な気がしてしまう。
本当に申し訳なくてたまらなかった。
そのうち、供養が始まるので本堂に、と、呼ばれました。
本堂に入って供養が始まると、リーもしっかり正座して、手を合わせ、お祈りしていました。
いい子だな・・・
しかも、ママが涙を流し始めたら、ママの持っていたハンカチを奪い取り、何をするかと思ったら、ママの涙を拭いてくれたんです。
本当にうれしかった。
しかし、当然長い長い供養の時間をじっと待てるはずもなく。
そのうち騒ぎ始めたのですぐに私だけリーをつれて本堂から出ました。
隣の部屋で相手をしていると、主人が交代しにきてくれました。
なんだか落ち着きの無い供養となってしまいました・・・。
他2組のご夫婦、本当にごめんなさい。
その後、水子のお釈迦様のいるところまで歩いて行き、お線香をあげてお祈りして全てが終わりました。
持ってきたお供え物を置くところには、本当に沢山のお供えがあります。
親の愛情が沢山詰まったそこは、フーもきっと安心していてくれると思います。
最高の幸福から一変、最大の不幸になってしまった私たちですが、こうして供養までを一気にできたことは本当によかったです。
いつまでも供養できないままだったら、いつまでも私自身にわだかまりが残ってしまったと思います。
火葬後、すぐに供養できて本当に良かった。
実は、この日全てが終わってから、突然子宮の痛みが増しました。
無理をし過ぎたともいえるし、フーが全てが終わるまで痛みがこないようにしてくれていたのかもしれない。
私は、後者だと思っています。
人が亡くなり、最後のお別れをするまで、いつも思うけど、本当にあっけないな。
そして、見送る側の気持ちは二の次で、時間という流れで全てが管理され、いつの間にか全てが終わってしまう。
お葬式とかがないにしろ、今回もそう思ってしまいました。
もう、こんな思いしたくない。
この日から、毎日毎日祈っていること。
それは。
「リーが健康で元気に健やかに成長し、長生きしますように」
「主人が健康で長生きましすように」
命あっての人生。
せっかく授かった命。
元気に健康に生んであげたい。
それが親心。
フーへ。
フー。
本当にごめんね。
フー。
大好きだよ。
フー。
わがままだけど、私たちを見守っていてね。
フー。
また会いましょう。
フー。
ママのところに来て、頑張って生きてくれて本当にありがとう。
フー。
フー。
私の大切なフー。
心から愛しています。
ママより