あの日、私は朝からリーを連れて耳鼻科に行っていた。

リーは夏に風邪をひいて以来、やけに鼻の奥が詰まるようになっていた。
それでも機嫌も良く、他に何かおかしなところがあるわけでもなく、本人も苦しがることも無かったため、特に医者にもみせなかった。

だけど急に鼻の奥が酷くフゴフゴいうようになったので、念のため耳鼻科に行っていたわけだ。

実はその日は昼からママ友仲間でランチの予定があった。
でも、シーズン的に花粉症患者がいっぱいで順番がなかなか来ず、ランチはまにあわないかもしれないから、キャンセルしようか悩んでいた。

(リーは耳垢をとってもらい、耳チェックの後、鼻吸いをしてもらい、鼻をチェック。耳を見るのは、耳から鼻などが詰まるようになることもあるそうで。とりあえず鼻腔くうが狭くなってるけど問題ないと言われ様子見になった。)

待っている間に愚図り始めたリーを病院の外に連れて行き散歩。
その時友人から相談の電話が入る。
20分ほど話し、病院へ戻る。


ランチ予定より30分後に病院が終わり、悩んだが、病院から車で10分かからないくらいの距離のお店だったので、行くことにした。

店に到着したのは12時15分くらいだったと思う。

すでにみんな、ランチを食べていた。
私も素早くランチを頼み、皆と同様リーに離乳食を食べさたりしてみんなとのランチを楽しんだ。


店が2時で終わりということで、いつも盛り上がってしまう私達は1人のママ友のお家でお茶をすることに。

スーパーで飲み物やおやつを買い、ママ友宅へ。

ママ友は先にお家に。
私達はお家に行く前に、近くの100均で洗い物が出ないよう紙コップを買いに行った。

私がお金を払い、他のママを見ると、他のものを物色し始めていた。
私もママ友たちのところに行き話をしていたその時。
カタカタと何かが揺れて音を立てているのが耳にはいる。

何か揺れてる?

なんだか自分が揺れてる?



「揺れてない⁈」

私が言うと、やっとみんな気がついた。
その瞬間、大きく横揺れが始まり、まるで地面が大きく円を描くような横揺れだった。

「外に出たほうがいい!」

私が言うと、店内にいたお客さんたちが一斉に店外へ。

道路に出てもまだ揺れている。
とにかく大きな横揺れだった。
そして、長い長い揺れだった。

これはどこかで大きな地震があった。
みんなそう思った。

友達の家に行くと、ママ友が子供のオムツを替えていた。
食事中も替えていて、漏れてしまっていたから着替えもしたのに、また着替えをしていた。

「どうしてまた着替えてるの?」

聞いたら白いウンチが出て下痢だったと。

それはロタだ!

皆、慌てて撤収。
別のママ友宅に行くことになったが、我が子はロタらしき子からパンを貰ったりしていてかなり感染の危険も高いため、帰宅。


その途中、旦那からメール。

「大丈夫?」

最初なんのことか分からず。
すこし考えて、地震のことだと理解。
大丈夫!と、一言だけ返信して帰宅。

自宅に着いたと同時に旦那の親からも全く同じメールが届く。

⁇なんだ⁇

電話をしてみると、とにかく大変なことになってて、リアルタイムで見ていたから心配した!と言われる。

慌て方がすごく、旦那からのメールもあり、旦那の母親と電話しながらテレビをつけた。

その瞬間飛び込んできたものは、大津波の映像だった。

まさに、我が目を疑う。そんな状況。

忘れられない、忘れてはならない記憶の日になった。

その後はテレビに食い入りながら関東の友人に安否確認。
実は朝電話してきた友人も関東在住。
朝電話していたのに、なかなか繋がらない電話に不安を憶えつつ、メールで連絡がとれた。

今回みな同じことを言っていたが、Twitterやmixiがかなり役に立った。

いつもなら、地震がきたら即座にどこが震源地で何処かで何かが起きていないかチェックする私が、今回は即座にチェックしなかった。
地震が起こり、40分くらいで初めて地震の凄まじさを知った。
そしてその時にはすでに多くの方が津波によって被害に遭っていたわけだ…。

私が地震よりロタに恐怖がいっていて、普通に車で帰宅していたその時、多くの方が車ごと流されたはず。

…なんと言葉にしていいのか。
言葉なんてみつからなかった。





今、日本は最大の危機に直面しています。

地震、津波、そしてその後の悲惨なまでの広域被害。
さらに原子炉、放射能問題。


これらの危機に直面した人たちがいます。
それらに立ち向かっている人たちがいます。

恐怖に怯えつつも日常を送っている私のような人々もいます。

当たり前だけど、被災地の心情や大変さは、実際の被災者ではないと分からない極限のことも多々あるでしょう。

でも、今、思いはひとつ。

どうか多くの方が助かって欲しいし、一刻も早く物資の供給が進んで欲しいし、なにより、復旧に向けたメドが早く立つことを祈っている。

そして。
原子炉のあの現場で、危険の中日本の為に活動している皆様の無事を祈るとともに、なんとか最悪の事態を回避して頂けるよう願っています。


テレビ番組が日常化してきていて、あっという間にこの現実から背を向け始めている人たちもいなくはない。
正直、それも仕方ないことなのかもしれない。
遠く離れれば離れるほどに現実味は少なくなり、知り合いすらいる率が下がり、他人事になりやすい。

それでも、日本の広域でおこっているこの現実は、やはり他人事ではない。

日本に住む限り、明日は我が身。

たまたま被災しなかっただけの私達にできることは、ひとつひとつ実行したい。

我が家はリーを入れて3人なので、1人1万円を寄付しました。
まずできること。








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