それにしても、である。
今日最終回を迎えるのは、本来書いていた小説の、あくまでもスピンオフである。
最終回を書き終えた私は、では次はかなり放置していた本編を書こうと下書きを探して唖然とした。
最終の発表分が9章③までで、最終更新日が2010年10月18日って・・・・・・。
いくらなんでも酷すぎる(涙)
どうしてこういうことが起こったのかというと、答えは簡単!
BSSはほぼ私1人で書き上げ、内容と漢字の変換ミスなどがないか確認してもらうだけだったが、TRはMIX文になっているから、私が「この続きお願いします」と下書き保存しておいた後、Jさんが「(物語が)降りて来ない」だの「忙しい」だのと書いてくれないから、更新が滞ったのだ。
恋愛小説苦手なのにもほどがあるっ!(苦笑)
どうにか当時のテンションを思い出して、この三角関係を描きますわよ!
・・・いや、違うか。
私が佐々木和馬のキャラ設定が結構好きで、ちょっと予定以上に掘り下げて書いていたからだ。
・・・というか、勝手に動いてくれるキャラなので、それをパパラッチしてきて書く感じ・・・って何度言っても信じてもらえないが、そんなにわかりにくいですかね?
それはこういうことだ。
頭の中に作品世界があって、登場人物たちが日常生活を送っている。
それをカメラマンのように撮影してきて、文章に起こすのが私の作業なのだ。
これはどうも元々漫画を描いていたから、こういう物語の作り方になったようである。
漫画家を目指すほど上手くはなかったので、自然と文章の方へシフトしたが、漫画を描くのは好きだった。
あれこれお気に入りの作家さんがいてお手本にしていたが、そういう人達を遡っていくと必ず行き着くのが、手塚治虫さんの、しかも「火の鳥」だった。
現在の「ワンピース」の原作漫画を見ていても手塚作品の影響の断片が見受けられるが、あの時代に現代のハリウッドばりのカメラワークのようなカット割りをしていたのが、本当に衝撃的だった。
例えば、男がショックをうけて地に這いつくばっている「orz状態」だとする。
手塚作品だと、「ガーン」などという1カットでは終わらない。
男の顔のアップ、引いて背中側からのカット、更に離れた場所からの男のカット、更には空から見たカットと続く。 これはそれだけで、どれほどのショックだったのかが台詞以上に胸に迫る表現方法だと思う。
BSSの児童公園でのシーンなどは、これを応用した描写になっている。
つまり、私の場合、文章主体の小説としては、不要な表現が多いかもしれないという自覚は、ある(笑)
話がそれたが、ともかくこの手法で佐々木君を書いていたら、Jさんの予定と違う形で引き継ぎしてしまったので、どうもうまくコラボできなくなってっしまったのだ。
ならば、そこまで書いた私が書けばいいと思うでしょう?
私もそう思うけれど、あいにく私にはその場面は見えないのです。
ついていったのは佐々木君の方で、有紀斗&瑞希じゃない。
取材してませ~んって感じで、断固として書かなかったけど・・・まぁ・・・しょうがないから、再開できるように、頑張って有紀斗側も追跡取材wしてみます~。
生きていると、これまで背負ってきたものが絡み合いすぎて、全てが複雑化していく。
友達から聞いた体験談の一片と、自身の近い体験なども合わせて、ではどうだったら誰も泣かずに済んだのか、などと考えていたら、あの物語が生まれた。
あの物語が生まれたけれど、かえってリアルより登場人物が七転八倒する結果になったという・・・(大汗)
Bitter Sweet Seventeen の場合、ピグともとの会話から生まれたものである。
いつもふざけている彼が、その時だけは真剣だったから、私も真剣に答えた。
でも、その後のいろいろを思い出すと、あれは全部ネタだったのかもしれないとも思うw
台無しでごめんなさいwwwww
それでも、1つの物語が生まれて、1つの形になったことは間違いないのです。
あれからまた月日は流れ・・・歌姫もそれなりに年を重ね、愛にも破れ、人の世の深淵(しんえん)を知った・・・のか??
あれもネタだったという噂もあるが・・・ともかく、彼女がここからどんな30代を生きるのかを注目してしまう、苦労人の私である。
森 小夏
友達から聞いた体験談の一片と、自身の近い体験なども合わせて、ではどうだったら誰も泣かずに済んだのか、などと考えていたら、あの物語が生まれた。
あの物語が生まれたけれど、かえってリアルより登場人物が七転八倒する結果になったという・・・(大汗)
Bitter Sweet Seventeen の場合、ピグともとの会話から生まれたものである。
いつもふざけている彼が、その時だけは真剣だったから、私も真剣に答えた。
でも、その後のいろいろを思い出すと、あれは全部ネタだったのかもしれないとも思うw
台無しでごめんなさいwwwww
それでも、1つの物語が生まれて、1つの形になったことは間違いないのです。
あれからまた月日は流れ・・・歌姫もそれなりに年を重ね、愛にも破れ、人の世の深淵(しんえん)を知った・・・のか??
あれもネタだったという噂もあるが・・・ともかく、彼女がここからどんな30代を生きるのかを注目してしまう、苦労人の私である。
森 小夏
数ヶ月ぶりの更新、そして宣伝なしでありましたが、「じゃれこな」、こなつ共に予想以上のアクセスを頂き、ありがとうございました。
…小説をブログで発表するのは、とにかく賭けである。
自分の表現力の乏しさ、視点の貧しさは理解してはいるが、、真のテーマに到達するには、枝葉も必要である。
けれども、ブログの場合、たまたまある特定の一話の数行だけを見た読者に誤解され、非難されることもあるからだ。
どんな作家でも、物語の真のテーマは作品全体として表現するものだと思うのだが…。
私が表現したいのは、ありのままの人間像であり、エ ロスに限定している訳ではない。
小説とは、その人間を描くにあたり、そういった描写もあえて避けたりはしないものである。
あえて避けはしないが、下品な表現や、必要以上に踏み込んだ描写は避けたつもりだ。
しかし、実際は避けない方がアクセス数は上がるのだろうが、それだけを目当てに読まれては、本末転倒である。
そもそも、じゃれこなプロジェクトの場合、編集者も素人であるため、見落としや、私の下書きの意図を汲み損ねる場面も多々見られた。
これは編集者自身常に恐縮しておられたが…私としては、信頼できる第3者に、乱文を見て貰い、反応を伺うことで、わかりにくい表現を把握し改訂するということ自体、特別な経験であった。
けれども、じゃれこなプロジェクトはあくまでも力試しであり、残る本編のTender Rainを書き上げたら、その役割を終える予定だ。
それ以降の活動は、また改めて報告できたら、と思う。
森 小夏
…小説をブログで発表するのは、とにかく賭けである。
自分の表現力の乏しさ、視点の貧しさは理解してはいるが、、真のテーマに到達するには、枝葉も必要である。
けれども、ブログの場合、たまたまある特定の一話の数行だけを見た読者に誤解され、非難されることもあるからだ。
どんな作家でも、物語の真のテーマは作品全体として表現するものだと思うのだが…。
私が表現したいのは、ありのままの人間像であり、エ ロスに限定している訳ではない。
小説とは、その人間を描くにあたり、そういった描写もあえて避けたりはしないものである。
あえて避けはしないが、下品な表現や、必要以上に踏み込んだ描写は避けたつもりだ。
しかし、実際は避けない方がアクセス数は上がるのだろうが、それだけを目当てに読まれては、本末転倒である。
そもそも、じゃれこなプロジェクトの場合、編集者も素人であるため、見落としや、私の下書きの意図を汲み損ねる場面も多々見られた。
これは編集者自身常に恐縮しておられたが…私としては、信頼できる第3者に、乱文を見て貰い、反応を伺うことで、わかりにくい表現を把握し改訂するということ自体、特別な経験であった。
けれども、じゃれこなプロジェクトはあくまでも力試しであり、残る本編のTender Rainを書き上げたら、その役割を終える予定だ。
それ以降の活動は、また改めて報告できたら、と思う。
森 小夏
