『親父』道 ~おやじどう~ -16ページ目

『親父』道 ~おやじどう~

究極のパパっ娘による「父とその娘」の回想録

とっても子煩悩で、親バカ一等賞のような父ですが
実はものすごーく子ども嫌い。いや、正確には「赤ん坊嫌い」です。
人格が曖昧で、話してもつまらないから、というのがその理由だそう。

 そんなこと、世の母親に言ったら怒られるぞ

どんな赤ん坊にもちゃーんと個性があり、人格もあるのだから。

事実、初孫が生まれたばかりの頃は
抱こうとしないばかりか、まるで興味を示さず、
妹をかなり落胆させておりました。
父の言葉を借りれば、
言葉を覚え始める1歳半ころになると俄然『おもしろ』くなるのだそう。

 おーい、それも怒られるぞ おもちゃじゃないんだから

で、ある日突然、人が変わったように可愛がりだすのですが、
赤ちゃん言葉だけは、頑として使いません。
「正しい日本語を継承しなくてはならない」というのが父の信念。
大人を相手にするのとまったく同じ言葉で話しかけるので
はたで見ているとかなり違和感があります。


幼い頃「どうも」と言って怒られました。
「どうも」だけでは不完全で、意図が伝わらないというのです。
前後のシチュエーションから、あるいは会話の流れから
それが「どうもありがとう」であることは相手に伝わるはずなのですが
「どうも」には
「どうも すいません」もあれば
「どうも 違うらしい」もあれば
「どうも 変だ」もあるというわけです。

私と同年代(昭和40年代生まれ)であれば記憶にあると思いますが
「えー!うそ!?ホント?カワイイ!!」と
なんでもかんでも表現した時代がありました。
これもやっぱり怒られたわけです。
ボキャブラリーが貧困であると。
第一、「うそ」とは何事であるかと。相手に失礼ではないかと。

「えー!うそ!?ホント?カワイイ!!」は
単なる感嘆詞(語)にすぎず、
女子高生にとってたいした意味などないまま広く使われていたはずですが
16、17歳ともなれば、感じたことをちゃんと言葉にして表現せよと
かなりうるさく言われました。


4歳の甥を筆頭に、3人の孫は「ありがとう」を言える子になりました。
めでたし、めでたし。
まもなく4歳になる甥から
「伯母ちゃんは、ボクと妹のどっちが大事なの!」と
問いつめられてしまいました。

 嗚呼、ついにこの日が来たか・・・。

幼い子どもはとてもどん欲で、とてもわがまま。
愛情を吸い尽くし、独占したがるものです。
どっちが大事か聞くのは、不安がっている証拠、サインなのです。
そんな時に大人は
「どっちも同じくらい大事だよ」なんて言ってはいけません。絶対に。


「お父さんは、私たち3人で誰がいちばん好きなの?」
という私の問いに
父は必ず
「おまえがいちばんだよ。2人には内緒だよ。」と答えたものでした。
これ、すごーく大事です。

 妹もかわいいけど
 お父さんがいちばん好きなのは 実はわたしなのだ

そう知ることで自信がみなぎり、
妹に優しくなれたり、母の言うことを守れるようになったものです。

だって、幼い子どもはとてもどん欲で、とてもわがままで、
とても残酷だから。
 
 可哀想だけど、妹はいちばんじゃないのだ
 だから、私が妹たちを思いっきり愛してあげよう

そう考えたものです。

娘3人に対する父の愛情に差なんてあるはずがなく
実は3人とも「おまえがいちばん」と言われて育ったことに
やがて気付く日が来る訳ですが、
幼い頃に
いちばん大好きな人から「おまえがいちばん」と言われることには
とても大きな意味があるのです。