佐伯「ただいまハニー!」
洗濯物を畳んでいると、佐伯さんが帰ってきた。
「あ、おかえりなさい」
相変わらず、私たちの同棲生活は続いている。
(こんなことになるなんて思いもしなかったけど…)
佐伯「どうしたの、ぼんやりしちゃって。もしかしてブルーデー?まだちょっと早くない?」
「…違います!ていうか把握しようとしないでください!セクハラです!!」
佐伯「何言ってんの。大事な奥さんのことなら全て知ってなきゃでしょ。ということで、出かけるよ」
「…はい?全くつながりがないんですけど」
佐伯さんは私の手を取り立ち上がらせた。
佐伯「この前の脚本、賞をもらったんだ」
「えっ、またですか?すごい!」
佐伯「それで、これから受賞パーティーだから」
「…」
佐伯「同席してくれるよね?マイハニー」
「えええ〜っ」
佐伯「さてと、早速着ていく服でも見繕いますか」
「ちょっと佐伯さん!?」
抵抗する間も与えられず、私は寝室へと連れて行かれた。
「でも、いんですか?私が同席なんてしちゃって…」
佐伯さんは売れっ子脚本家だ。
佐伯さん本人が認めていても、私のことをよく思っていない人は多いはず。
(また問題になったりして迷惑かけちゃわないかな…)
佐伯「これなんかどう?純白のドレスは無垢なハニーによく似合うと思うんだけど♪」
「佐伯さん…」
佐伯さんは私の心配をよそに、ドレス選びに夢中だ。
(本当にいいのかな…)
佐伯「あのね、ハニー」
「はい?」
佐伯「君ってまだ、俺の奥さんである自覚ないみたいだね?」
「えっ、いや、それは…」
(実際まだ奥さんじゃないし…なんて言えない…)
佐伯さんは私の頬にそっと触れると目を細めた。
佐伯「雑音は気にしない。君は俺のことだけ見ていなさい。いいね?」
そう言われて、なんだか力が抜けていく。
佐伯さんの言葉は魔法みたいに私の心を駆け巡る。
「はい…」
私は佐伯さんの目に吸い込まれそうになりながら、そう返事をしていた。
佐伯「ってことで続き続き。ちょっとこのワンピ着てみて?」
「え、今ですか?」
佐伯「今だよナウだよ。だって時間ないもん」
「ちょっとあっち行っててください!」
佐伯「だって、これ後ろのホック留めるの一人じゃ無理でしょう?とりあえず今着てるお洋服は脱ぎ脱ぎしちゃおうか」
「佐伯さん!!!」
並んで歩きながら、佐伯さんはぶーぶー文句を言っている。
佐伯「ハニーのけち」
「けちで結構です」
佐伯「怒りん坊」
「むしろ怒らないと問題でしょう」
佐伯「照れ屋さん」
「…」
佐伯「かわいい子ちゃん」
「…」
(そうやってすぐからかうんだから…)
クスクスと笑いながら、今度は突然こう言った。
佐伯「大好き」
「…!!」
佐伯さんは隣を歩く私の手を握りしめもう一度繰り返した。
佐伯「大好き」
「…」
佐伯「ハニーは?」
これだけ長く一緒にいるのに、佐伯さんの言葉にこんなにもドキドキしてしまう。
握られた手が熱を放っている。
佐伯「ね、ハニーは俺のことどう思ってるの?」
訊ねられて私は…
「大好きです…」
俯いてそう言うのが精一杯だった。
すると、佐伯さんが私の手を強く握り直した。
佐伯「ありがと」
「…」
佐伯「ねぇ、知ってる?」
「何をですか?」
佐伯「俺ね、ハニーのいつまで経ってもそうやって恥ずかしがり屋さんなところも大好きなんだ」
「…」
佐伯「まぁ、夜はずいぶん大胆になってきたけどね」
「へ、変なこと言わないでください!」
佐伯「だってほんとだもーん」
「佐伯さん!」
佐伯「ダーリン」
「ぐっ…」
佐伯「あはは!」
「楽しんでますね?」
佐伯「楽しんでますとも。だって実際楽しいし」
「!」
佐伯「今までの人生で、こんなに楽しく過ごしてる時なんてなかったし。ハニーも俺といて楽しいでしょ?」
そう言って、佐伯さんは私の額に軽くキスをする。
佐伯さんの唇が触れた部分がじんわりと温かかった。
パーティー会場にやって来ると、中は人でごった返していた。
「すごい人ですね…」
佐伯「ね。はぐれないようにね?」
(ここで佐伯さんが主役なんだ…相変わらずすごいなぁ)
佐伯「俺の出番は最後みたいだからそれまで一緒に楽しもう」
「えっ、いいんですか?挨拶とか…」
佐伯「いいのいいの。どうせみんな知ってる顔だし」
佐伯さんは挨拶をしにやって来る人達に軽く手を挙げて対応していた。
佐伯「ほらハニー、シャンパンだってさ。あ、あのケーキハニー好きそう。ほら、こっちのも味見してみなよ」
今日の主役なのに、私のためにあれこれ尽くしてくれる。
(佐伯さんは本当に優しいな…)
いつだって私のことを考えてくれる佐伯さんの行動に、胸がじんとした。
しばらくすると、壇上で新人賞の授賞式が始まった。
「新人賞…」
佐伯「そう。これから脚本界の将来を担う若者たちですよ。俺も審査員やってたんだー」
「佐伯さんって知らぬ間に色々仕事してますよね」
佐伯「大切な奥さんを養うためですから」
「…それは、どうも…」
そうして佐伯さんと話している時だった。
司会「今年の新人賞は、武野内俊さんです!」
司会の紹介に、私達の会話を遮るように歓声が上がった。
(えっ、なんでこんなに歓声が!?)
壇上に上がった男の人を見て、なんとなく納得がいった。
新人賞を取った武野内さんは、整った顔立ちをしたきれいな男の人だった。
(ああいう人も脚本を書いたりするんだ…なんか意外だな)
すると隣の佐伯さんが私の脇腹をつついて耳元でこう訊ねてきた。
佐伯「ハニー、彼の顔をじっと見てどうしたの?」
「えっ、いや、すごいなって…」
佐伯「イケメン脚本家として既にファンが多いらしいよ」
「なるほど…」
佐伯「何?ハニーもああいう若い子が好み?」
「若い子って…!」
(あれ?佐伯さん、ちょっと妬いてる?)
そう思った私は…
私は素直にこう言った。
「やっぱり佐伯さんが一番です」
すると、佐伯さんはにんまりと嬉しそうに笑った。
佐伯「よくできました♪ちなみに、もし違うこと言ってたらお仕置きするとこだったんだよ」
そう言ってどこか惜しそうに笑う佐伯さん。
(お仕置き…よ、よかった…のかな?)
そうこうしている間に、佐伯さんの出番が近づいてきた。
佐伯「それじゃあちょっと行ってくるからね、ハニー」
「はい!ここで見てますね」
佐伯「壇上で投げキッスするから♪」
「ダメですダメです!」
佐伯「あはは、相変わらずのリアクション。満足満足」
「楽しまないでください!」
司会「それでは第28回脚本大賞を受賞した、佐伯孝正さん、壇上へどうぞ!」
試合が佐伯さんの名を告げると、これまでで一番の拍手が送られた。
さっきまでふざけていた佐伯さんだったけれど、壇上に上がって受賞のコメントをスピーチしている時は真剣そのものだった。
(やっぱり佐伯さんは仕事が大好きなんだなぁ…)
普段のふざけている佐伯さんもいいけれど、真剣な佐伯さんもとてもかっこいい。
そんな佐伯さんを誇らしい気持ちで見つめていた時だった。
(あれ?あの人…)
私から見える一で、壇上の佐伯さんに向かって鋭い視線を投げている人がいた。
(たしかさっき新人賞取った…えっと、武野内さん…?)
武野内さんは、睨みつけるような険しい表情で佐伯さんを見ていた。
お世辞にも、祝福しているようには思えない。
(なんだろう…ちょっと気になるな…)
司会「佐伯さん、ありがとうございました。それでは皆さま、閉会までご歓談をお楽しみください」
司会の言葉に、出席者がわっと動き出した。
その波にもまれて、武野内さんの姿は見えなくなった。
佐伯「お待たせハニー」
「佐伯さん!」
しばらくして、出席者に囲まれていた佐伯さんが私の元へ戻って来てくれた。
(あ…!)
後ろに、武野内さんを連れて。
佐伯「紹介するね。こちら、今回新人賞を受賞した武野内俊くん。さっき一緒に見てたよね」
武野内「はじめまして。武野内です」
「あっ、はじめまして…」
佐伯「そしてこちらが、△△○○さん。俺のフィアンセ」
(!フィアンセって…)
第三者にそう紹介されるとなんだかやけに照れてしまう。
そんな私に構わず、佐伯さんはペラペラと続けた。
佐伯「○○はコーヒーを淹れてくれるのがとっても上手でね〜俺の発想力の元なんだ。実際○○と一緒に暮らし始めてから、執筆量が増えてね。まさに、俺にとっては女神みたいな存在なの!」
(ちょっと佐伯さん、褒めすぎ!武野内さん引いちゃうよ!)
すると、武野内さんは…
武野内「そうなんですか!こんなかわいい人がフィアンセだなんて羨ましいです!」
(あれ…?)
からりと爽やかに微笑む彼を見て、さっき佐伯さんに鋭い視線を投げていたのは見間違いだったのかと思った。
(でも、さっきは確かに…)
佐伯「でしょ?武野内くんもいずれはこういう伴侶を得て頑張りなさい」
武野内「はい!これからもご指導よろしくお願いします!」
(なんか、すごい好青年だ…)
その時、佐伯さんが誰かに呼ばれて少しだけその場を離れた。
武野内さんと二人だけになった私は慌てて言った。
「あっ、新人賞おめでとうございます」
すると武野内さんは爽やかな笑顔を向けた。
武野内「ありがとうございます!」
「お仕事しながら執筆されているんですか?」
武野内「いえ、僕は学生ですので」
「学生?」
武野内「はい。現役大学生脚本家…なんて言ったら大げさですけど。実は今回の受賞作以外にも色々お仕事頂いているんです」
(佐伯さんも既にファンが多いなんて言ってたっけ)
「大学に通いながら脚本執筆…頑張っているんですね」
すると武野内さんは一瞬真顔になってこう言った。
武野内「はい。僕、脚本に命賭けてますから」
(脚本に、命…?)
武野内「脚本に関しては、誰にも負けたくない」
「…はぁ…」
その時の表情が、さっき佐伯さんを睨みつけていた表情とふいに重なった。
一瞬、心が何かを察知したかのようにざわついた。
(この人ってどういう人なんだろう…)
その時、佐伯さんが今度は他の誰かと話しながら戻ってきた。
佐伯「忙しいのはいいことじゃないですか」
室「いやいや、それにも限度があるでしょ。こう忙しいと細かいところに全く目が届かなくて困ってるのよ」
(あれは…)
室「ああ、あなたは○○さんでしたね。お久しぶりです。ディレクターの室です」
「…お久しぶりです」
室さんはハッとした様子で私を見つめた。
室「そうだ。○○さんがいたじゃないの」
「はい…?」
室「あなたは佐伯という間に業界にも詳しくなったでしょう。どう?うちの会社でしばらく働いてもらえないかしら?」
「え!?」
室さんに突然そう言われて、私は状況が飲み込めずに聞き返した。
ふいに佐伯さんの横の武野内さんと目が合った。
その目はなぜか挑発するかのように私を見つめている。
心のざわざわが、少しだけ大きくなっているような気がして落ち着かなかった…
To be continued
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SUB: パーティーは楽しんでもらえた?
マイハニー、今日のドレス、とってもよく似合っていたよ。
みんながハニーを狙っているような気がしたくらい。
ずいぶん一緒にいるのに、君のことになると俺はハラハラしっぱなしだね。
こんな小さな自分に気付かれないようにって、実は必死なんだよ。
ダーリンより
