海外移住妻~ヨーロッパ人のモラハラ夫&義母は毒親! -6ページ目

海外移住妻~ヨーロッパ人のモラハラ夫&義母は毒親!

ヨーロッパ人の夫がモラハラ夫だった!
義母は、更にすごい人!!!

義父母との同居生活で一番辛かった事は、

赤ちゃんの育て方についてでした。

 

 

特に義母ですムキー

 

 

あの人には、本当に疲れます!

 

 

 

うちの子が生後間もなくしてから、

夫からこんな事を言われました。

 

 

 

「できる限り、赤ちゃんには母乳を

あげてね!でないと、アレルギーを

持つ子供に育つんだって!

 

 

 

私「そんな事、初耳なんだけど??」

 

 

 

夫「うちの母親が言ってたから、間違い

ないよ!」

 

 

 

 

またかまたしても義母の指図ムキーッムキーッ

 

 

 

 

 

そして、同居が始まるころには、子供は

生後六ヶ月をとうに過ぎていたので、

当然母乳では対応できず(足らず)、

粉ミルクのみでの育児に変更していました。

 

 

 

 

それが、ずっと気に入らなかった義母は

私が粉ミルクをあげていると、決まって

キッチンには来ない。そして、いくら暇を

もてあましていても、一度だってミルクを

作ってくれた事はない!ムキームキー

 

 

 

その代わりに、いつも優しい義父が用意して

くれていたのです。

 

 

 

まったく、

 

の義母、おばあちゃんとしても最低

ですが、妻としても最低でした。

 

 

 

買い物からゴミだし、料理、片づけ、掃除

というほぼすべての家事を義父がこなして

いました。

 

 

 

以前に、心臓の手術をした経験があり

それを理由に家事全般は義父がしていた

のですが、ガーンガーンガーン

 

 

 

私から見ると、寝たきりの状態ではなく

自分の興味がある庭仕事は率先してやる

くせに、家事はやらないという、とても

理解し難い家庭でした。

 

 

 

 

てな訳で、時間が有り余っていた義母

の暇つぶしのターゲットに私達親子が

なっていたのです!ムキームキームキー

 

 

 

この義母、昔に自分が看護婦であったと

言って、自分の観点から子供の育て方の

あれこれを強要してきます笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

 

 

まだまだ他にも、たくさんありますので

追々、記事にしてみます!

 

 

最後まで、読んで頂きありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

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出産後、しばらくして夫が転勤族になりました。

EU圏では、これは当たり前に近いほど起こうる事で

私も覚悟はしていましたが、

 

まさかポーンポーンポーンポーンポーン

 

結婚してすぐに、義父母と同居する

なんて考えてもみなかったので、

 

すごーく落ち込みました。

 

しかし、夫側にも急がなくてはならない事情が

ありやむを得ず、そういうことになりました。

 

 

あーここからが、

 

 

まさに地獄のはじまりゲローでした。

 

 

夫の両親は、ドイツ語圏の人なので、もちろん

会話はドイツ語でした。しかも、英語は全く

通じませんでした。なので意思疎通もできないという

超過酷な環境の中での生活がスタートしたのです。

 

それより、何より気になる事があったのですが、

 

 

それが、義母の態度!!

 

義母は私がドイツ語を理解できないのをいい事に

義父とドイツ語のみで会話し、まるで私をハブいて

いるかのようでした。

 

 

しかし、私はできないながらもドイツ語で話す事を

試みましたが、最初から聞く耳を持たず、

「あなたのドイツ語は理解できない!」

と言いその場から居なくなるの繰り返しでした。イラッイラッ

なので、一つ一つ問題が発生しても、推測して対処する

のですが、義母が気に入らない事をしてしまうと、

たまに帰ってくる夫に、

 

長い時間、愚痴るという始末!!ムキームキームキームキー

 

 

 

私が困っているのをまるであざ笑っているかのようで

腹がたちました。

 

特に困ったのは、赤ちゃんの育児についてですが、

これは、もう想像以上に、自分の考え方を押し付けて

くるので、窮屈でたまりませんでした。ゲローゲローゲロー

 

 

 

長くなりそうなので、

続きは次回に記事にしたいと思います!

 

 

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婚姻が正式に受理され、正式な夫婦となりました。

しかし、実際に変わったものとしては、何もなくキョロキョロ

なんだか、実感の湧かない婚姻となりました。

 

婚姻後の私の名前(性)についても、

「日本での手続きとかする際、旧姓のままの方が

絶対に有利だ」と言う、なんの根拠もない彼側の

理由により、憧れていた彼側のファミリーネーム

を名乗る事は出来ませんでした。えーん

 

それでも、婚姻後はそれとなく彼は親切であったし、

二人きりの期間は、私の事を気遣ってもくれていました。

この期間は、本当に穏やかな毎日で幸せな日々が

多かった記憶があります。

 

しかし、これがあることにより一遍するのです。

 

それが、私が母親になった事でした。

 

本来ならば、喜ばしい事であると思いますが、

私の場合は、そこからが、義母との戦いでありました。

 

慣れない海外生活そして言葉の通じない国での

妊婦生活は毎日がとても不安でなりませんでした。

 

日本での出産も視野に入れていましたが、

両親からは現地での出産(彼の立会い出産)を

強く勧められました。

 

最終的に悩みに悩んで、現地で生む事にしました。

 

今、考えてみるとこの決断がすべてもの間違え

であったと痛感しています。

 

 

 

出産間近までは、奇跡的に何の問題もなく赤ちゃん

は元気でした。ニコ

 

 

 

 

しかし入院した病院で悲劇は起こりました。

 

 

自然分娩を試みた私ーーーでしたが、赤ちゃんが

ギリギリまで出てきてくれず、最終的に緊急帝王切開

の決断が担当医師から出され、あせるあせるあせる

 

 

麻酔薬を投入されたのですが、その時間が丁度医療スタッフ

のシフト交代の時間でありました。

 

 

そして、悲劇がポーンポーンポーン

 

 

なんと、シフト交代の際、ちゃんと引き継ぎが

できておらず、

 

 

麻酔を倍の量入れられるという信じがたい医療ミス

発生してしまい、

 

 

人生で最高のモメントが、最後は気を失うという絶望的な

状況に変わりました。えーんえーんえーん

 

 

これだけでは、ありません!

 

この状況の中、夫は慌てふためいて、医師に抗議するわけでもなく

穏やかに何か話しているではないか!!!ムキーッムキーッムキーッ

 

 

そして最後は、”ok!"なんて言葉が聞こえてきて。ムキームキー

 

 

またしても、いい人ぶって、奥さんの事を真っ先に考えてほしい

もうろうとする頭で考えていると、今度は

 

 

 

なんとポーンポーン

 

 

 

誰かに電話をかけている!ー私が気を失いかけているこの時に

 

 

 

 

この瞬間に、私は確信してしまうのです。電話の相手ははてなマークはてなマークはてなマーク

 

 

 

そう、義母!ムキームキー

 

 

 

私は夫の事しか見ていなかったので、

これは絶対に見間違えではなく、事実です!

 

 

その後、私は気を失い深い眠りにつきました。

 

 

 

次回からは、この義母が登場します!