砂浜の乾いた砂を掌で

掬ってみる。

そしてその掌を傾ける。

そんなことを何度も何度も

繰り返す。


目の前を波が打ち寄せては

返し、打ち寄せては返しを

繰り返す。

しかし海はあくまでも穏やかだ。

背後にからは風の音が聞こえて

くるから、おそらく島の反対側は

荒れ模様なのだろう。


父ちゃんはその島に自ら進んで

やって来た。

かつては周囲の人間、特に

多くの後輩が彼のことを『父ちゃん』

『父ちゃん』と呼んでいた。

血のつながりはもちろんないが

『父ちゃん』と呼んでいた連中も

彼をそう呼んで、慕うことで何か

を享受していたところはあった。


だが『父ちゃん』はある日、その地位

から引き釣り下ろされることになる。

その日以来、彼を『父ちゃん』と

呼ぶ人間は誰もいなくなった。

その後、『父ちゃん』はこの島にやって

来た。

そして今に至っているのだ。


毎日毎日、海を見、そして時に釣りを

したり、背後の山に出かけたりして

食料を得る。

それで何とか生活が成り立っていた。

もはや都会に帰ることなど、馬鹿馬鹿しい

とさえ、『父ちゃん』は今では考えて

いる。

世捨て人同然とも言える生活だが、

はっきり言って、『父ちゃん』自身は

世の中ら捨てられた、とそんな考えを

抱いていた。


とりあえず、今はここでの生活を

続けていくつもりだった。

すでにここに来た時に乗ってきた

イカダは流されてしまったのか、

どこかへ行ってしまったのだ。

それに気づいた時、『父ちゃん』は

それこそがまさに自分の運命なのだ

と考えることにした。


やがて真下に落ちていた掌から

こぼれる砂が風に吹き流されるように

なってきた。

ここで『父ちゃん』は立ち上がる。

そうして背後の山の中へと帰って

いった。


明日は一日雨になるだろう。

ここに来て数ヶ月。

『父ちゃん』の予想が外れることは

ここ最近無かった。