奉仕や集会に参加すると、充実感や一種の幸福感を得ていたのも事実。
大会の自発奉仕や建設に参加した時の充実感は、生きている感じがした。
世界中どこに行っても同じ価値観を共有している、という安心感も良かった気がする。
いろいろ、小さな時から、JWの組織内の不公平や、権力の乱用、を経験したり見たりしてきたが、そのような人はエホバが正される。と…
でも、その前提は組織に対する一定の信頼の上に
統治体から私達に与える霊的書物への信頼の上に成り立っていた。
でも… 事実を知れば知るほど、その事実を隠し、
金策に走る姿を見れば見るほど、それが信頼が崩壊し
音を立てて崩れて行くのを感じている。
正直辛いです。。。 親は私以上に人生をかけて組織に仕えてきた。その涙ぐましい程の努力は一体何だったのか? 無駄?
きっとそうではないと信じたい…
人として良い行いをしてきたんだ きっと ...
最近同じ悩みを感じている人も多いはず
みんなはどう思っているのだろうか?
