昨日のブログの続きです。

その正月も、リフト券を安く買ったり、売ったりして、リフト代をケチりました。
それこそ、倹約のつもりでした。

こうして楽しいスキー旅行から、無事、東京に戻ってきたのです。

翌日、長男のバースデイを祝うため
長男リクエストのおいしいショートケーキを買いに、二つ先の駅までチャリを走らせました。

3500円だったか?
ホールのショートケーキです。

それを自転車の荷台に置き、まっすぐ帰る予定でした。
なのに、私は、ついでにスーパーに寄って買い物しよう! と思いつきました。

そして、そのケーキを自転車の荷台に置いたまま、短い時間だからと買い物に行ってしまったのです。

もちろん荷台にはカバーをかけ、中を見えないようにしていきました。

いつもカバーをかけていれば平気でした。
持って行かれたことは一度もありません。
だから、すっかり安心しきっていたのです。

スーパーで買い物を終えた私は、自転車の方へ歩いていきました。
すると、荷台のカバーが外れているように見えます。

えっ!?
今日、そんなに風が強かったかしら?
カバーが外れるほど強くないよね~

嫌な予感を感じながら、独り言をつぶやき近づいていくと…

ない!!

荷台にあったはずのケーキがない!?

そんなバカな…
わざわざ二つ先の駅まで行って買ってきたのに…
3500円がパアですか!?

悔しいやら、長男に申し訳ないやら

と同時に、あれ? もしかして?? 自分自身に返ってきっちゃった!?

ふと、そう思ったのです。

この当時、私は、思考と現象の起こる仕組みを学び、日々、検証しておりました。

自分に起こる現象から
自分の思考パターンを見つけるという方法です。

この場合
「ケーキが盗まれた」という現象は、私のどんな思考が招いた結果なのか? と考えるのです。

すっごく悔しいけど、自分が招いたと考えてみるのです。

なぜなら、被害者のままで止まっていると(被害者の思考パターンを持ち続けると)、また被害にあう可能性があるからです。

悔しいからこそ、同じ目にあいたくないですよね。

私は、考えました。
ケーキを取られるという被害
やられたということは、自分が誰かにやっているのかも!?
もしや、私が加害者!?


私は愕然としました。
倹約と称した私のケチケチ心は
スキー場にとって、加害者的な行為だったのです。

でも、こういうことはあるものです。
例えば、兄弟間や友人からチケットを安く譲り受けることありますよね。

ということは、私たちは、日常的に美味しい思いをしているのです。
その分、小さな損も沢山していて、トータルすれば、ブラマイ0(ゼロ)。

よその誰かさんが特別 得をし、自分だけが特別 損をすることなどないのです。

ただ言えることは
自己中の損得感情は、無意識のうちに誰かのものを奪っている可能性があるということ。
それは、物質だけではありません。
他人の時間だったり、心だったり。


度を超したケチケチ心(自分だけが得したい)は、無意識のうちに加害者になりえるのです。

そして、因果応報
被害を受けるという形でかえってくる。

得する人と損する人の違いがあるとしたら、そんな無意識の差なのでしょう。

得する人は、自分の得ばかりでなく、全体の得を考える人。
損する人は、自分の得ばかりを考えている人。

本日の心の処方箋
「得する人になりたければ、自己中心的な損得感情は捨てましょう。」