昨日につづいて、1巻の三橋君の表紙についてのお話デスw
昨日と今日のタイトルの元ネタわかる方いらっしゃるかな…
もしいらっしゃったら感激ですw
阿部君と三橋君に関して表紙の話は割と前から思ってたけど、
まとめにくいなーと思ってて、なかなか書けなかったんですよね。
絶対長くなるしwいろいろ妄想がですね(マテ
「キャラクター考察」とかいいつつ、
その項目に主役の三橋君と阿部君がいままで全然でてきてなかったのも、
そのせいで…w
さて、今回の想像とゆーか妄想は
「2巻の表紙どおり、阿部はほんとは左利きだったりして」の続き。
つまり、これが崩れると一緒に崩れる妄想ですw
…うん、バッテリーらしいじゃないか!w
もし、2巻の表紙が「右利きなのに左手あげてるってヘンじゃない?」と思わせるのが確信犯的犯行な絵だとすれば…
1巻の表紙が確信犯でないはずはない。
…と、つまりここから始まるのでw
1巻の表紙は突っ込みどころ満載らしい、と書きましたが、
一番は「握りが丸見え」って話ですよね。
あとはユニフォーム着てるから試合中だとすれば
ちらっと横目で1塁見てて、ランナーいるかもしれないのに振りかぶってることになるとか、
脇がひらいてるっぽいとか?
(ほかにも知ってる方がおられたら教えてほしいw)
んで、タイトルが「おおきく振りかぶって」なのにもかかわらず、
三橋君が本編で振りかぶって投げる姿は単行本15巻の間ではとうとう登場せず、
本誌連載で最近になってやっと振りかぶって投げるようになりました。
「ああ、なるほど、1巻の絵は『未来の三橋君』ってことだったのか」
と、不思議に思ってた人はここでひとまず納得するわけですよね。
で、本編で振りかぶって投げはじめる三橋君はモモカンにフォーム指導を受け、当然キッチリと「握りを見せないようにして」
振りかぶって投げてます。
じゃあ、1巻の絵みたいにして投げることは無いのか。
一番最初にワインドアップしたときは握りが見えるフォームになっちゃったけどもう直されたってことかな。
1巻のときにはひぐち先生が握りみせないようにするのがフツーって知らなくてあんな絵になったのかなー?
とか一旦は思うわけなんですが、
だとしても、昔からスキで何年も取材してそんなの知らなかったってないでしょー?とか、
モモカンの胸のロゴが間違ってるとか、グラブの右左が逆だとか、
そんな細かいツッコミが来るたびに「単行本まだかよー」言われながらもそれはしこしこ直す作者さんが、絶対ツッコミ来てそうなそれは何年たっても直さないってあり?
みたいにも思いますよねw
なんだろ、知らなかったりうっかり間違うことは人間だから普通にあると思うんですが、間違ってるとわかってもそのままにしておく人でもないだろうみたいな。
…で、今回の仮説。
1巻の表紙の三橋はあのままで未来の三橋のワインドアップの完成形であり、
別にもともと間違っているわけではない。
「普通のストレートにしか見えねえ、なんで打てないのかわかんねえっ」
理論はさておき、三橋君のストレートはそういう球だと作中では語られています。
で、普通のストレートじゃないもんな、見えないやつには見えないんだ、と思う慎吾さんは三橋君のまっすぐを捉えるわけなんですが。
相手が普通のストレートだと思い込めば思い込むほど打てない球ってことになるんですよね。
今でも、慣れたら打てちゃうとか、カーブだと思ってたら打てちゃったとか、普通のストレートじゃないと思って色々試せば打てるとか、大地君とか中学時代の三星の子たちみたいに、普通のストレートかどうかとか何も考えずに素直にその球打とうと思えば打てちゃうとか、
そういう話もありますよね。
だから、たとえばもし将来三橋君のまっすぐが
「誰が見ても普通のストレートにしか見えなくて打者が普通のストレートだと思っている限り絶対に打てない球」とかに進化した暁には、
ストレートの握りを見せることは、マイナスじゃなくてプラスになっちゃうわけなんですよ。
だって、「握りはストレートだ」って打者思うわけだから、和さんみたいにカーブのつもりで打ったら当たっちゃった、とかもなくなるし、
「普通のストレートを打ち上げちまったな。スイングおかしかったかな?」とか、打者の調子を崩すほうにも持っていけちゃったりするわけで。
畠君がホームラン打ったみたいに、今はまだ慣れてる子ははわかったら打てちゃうし、わかる子には自分じゃなくて球のほうがおかしいとわかる球だから隠さないとだめなんですけども。
なんだろ、
もし将来三橋のまっすぐがそういう球になったとしたら、
そのときは三橋はこうやって投げますよ、っていう絵なんじゃないかなって。
で、「つぎはストレートだと予告されても打てないストレート」
…あれ?ちょっとまって、なにそれ、いつのまにか『王道』じゃない!?とw
まあ最終的にそうなることにはじめから決まってるんだよ、と言いたいというのではないと思うんですけどね。
「絶対に打てない球」は別に「絶対に打ち上げさせる球」じゃなくてもいいんだし、
「誰でもストレートにしか見えない球」はもう、ストレートだろう、と言う方もおられるだろうし(笑)
普通のストレートで剛速球投手になっててもいいし、阿部と何かすごい境地に至ってても(笑)いいし、
もっと想定外の何かでもいいし…
とにかく、見せて困る事は何もないという自信を持ったときには、彼は握りを隠さないで投げると。
じゃあ三橋君のまっすぐって、どういう球なのよ。
っていうと、まあ、そんなの自分にわかるわけないんですが…w
とりあえず、今までの話の続きの自分の想像を。
このへんあんまり調べたことがないので、そんな話はもう一杯きいたよという方たくさんいたらごめんなさいw
1巻冒頭のカラーページで、一人で的あてをしてる三橋君のシーンがあるんですが、
あそこで三橋君、池の向こう側から的を狙って投げて、フライで跳ね返ってきたボールを一歩も動かずキャッチしてますよね。
もし、あの1球だけじゃなくて、9分割の的どこ狙っても全部できるんだとすると、
9分割のコントロールどころか、三橋君はあの的相手だったらどこにでも投げられて、どこに投げてもピッチャーフライに打ち取れる全部ちがう「まっすぐ」を投げる練習を続けてあの時点の投げ方ではすでに完成してたことになるわけなんですよね。
というか、的とプレートの間がかなり池なんで、できないと池にボール落ちまくってやってられなそうです。
バウンドして戻ってくる、もダメだしね。
板は硬式になったとこでボロボロになっちゃって引退してて、
皆が見に来たときには跳ね返ってこないガムテの的になってて、
あのときには阿部君含めだれもチームメイトはそんなこと知らないわけなんですが。
つまりこう、
三橋君にとっては「ここにまっすぐを投げる」っていうのは「まっすぐ」っていう一種類のボールを同じ投げ方でそこにむかって投げるんじゃなくて、
「家の的でそこに投げたらピッチャーフライでまっすぐ自分のとこに跳ね返ってくるボールを投げること」
だとプログラムされてるんじゃないかみたいな。
本人は意識してるかどうかってのはまた悩むとこなんですが。
花井君と対戦したときのシーンや桐青戦の最後のほうなんかだと、意識してるんじゃないかなって思って読んでもそうとれるモノローグもあったりしますし、
打たれて嫌われてリードもしてもらえなくなって仲間も誰も真面目に守ってくれなくなった中学の三星で、
もし三橋君がそれでもまだ勝つための努力をしていたとしたならば、それをできるようになりたいと思って練習していたとしてもおかしくないんですよね。
ひとりで的に向かって練習して、一人でバッターをピッチャーフライに打ち取って守ろうとしていた…
まあ、確かに叶君じゃないけどお前のやってるのは野球じゃない感じになっちゃいますが(笑)
そして、畠君もオレ何のためにここにいるんだな感じになっちゃってまたかわいそうなんですが(笑)
でもそれだとフォームがいつも同じじゃできないんじゃないの?ってなるんですが、
これは「三橋は体が柔らかい」話とかも繋がってくるのかもなーと。
三橋君は日常的にとんび座り(↑の座り方です)するんですが、これ、男の子だと普通にはあまりできないくらいの柔らかさなんですよね。ちょっと、君もしかして、ヒロタカ君?とかって疑うレベルの。
具体的に病名とか並べてもつまらなくて怖い話にしかならないし、
いろんな人が世の中にはいると学習したので、わかる人は今のでわかってくださいw
でまあ、もともと体が柔らかい人って何が一番違うかっていうと、
関節を包む袋や靭帯が材質的に柔らかくて普通より伸び縮みしやすい体質なんですよね。
男の人より女の人のほうが平均的に柔らかい人が多い理由の一つもそれ。
勿論訓練でかなり変わる部位もありますが、訓練してもともとできなかったとんび座りができるようになる男の人はまずいません。
なんだろ、柔軟がんばれば股割ができるようにはなるかもしれないけど、いくら柔軟やっても膝が反対方向に90度曲がるようになる人はいないだろ、って話で、どの関節にも骨の形と靭帯のついてる場所でロックする限界の角度と絶対にそちらには曲がらない方向がありますよね。
で、靭帯の柔らかい人ほどその限界の角度からもう少し、靭帯の弾性の分だけ関節がしなると。
手首をそらす方向に曲げて指を二の腕につけられる人なんかは、かなり柔らかい人です。三橋君もできるかもです。必ずとは断言はできませんけど、あの年代の男の子でとんび座りができるっていうのは、それも十分アリアリなコトなので。
女の人だとできる人はできると思います。とんび坐りも手首そらすやつも。男の人でできる人は中国雑技団にはいればスターになれていたかもしれない人です。もちろん三橋君も(ぁ
とんび座りはできるけど手首はできない男の人は、ヒロタカ君かもしれないので、思い当たる節があれば注意してください。余計なお話ですが。
で、靭帯が柔らかくて弾性があることはスポーツするときには色々なメリットが勿論あるんですが、デメリットもあるわけで。
捻挫や骨折はしにくいけど関節を傷め易いし脱臼もしやすいとか、怪我関係もそうですけど、
所謂「関節をキメて」する動作が普通より難しくなるんですね。普通動かない方向にぐらつきやすいっていうのもあるし、たとえばこう、「肘の関節をまっすぐ伸ばしきったところで固定してやるのが一番力が入りやすくていいフォーム」ってなってるような動作があった場合、
普通だと意識しなくても関節はいつも同じところで物理的に止まってくれるんですが、靭帯が柔らかくて関節の可動域が普通より少し広い人はその角度よりも肘が伸びるし、ふつう曲がらない方向にもぐらつく。
それを「普通の人の限界あたりでいつも同じように止められる」ようにならないと、同じことができないんですよ。
で、そこで止めるために普通の人は関節を極めて受けてるから必要ない筋力を割かないとならないってことにもなるし、力加減かわったり、筋肉が疲れたりしたらできなくなるってこともある。
つまりフォームを安定させるのに普通より苦労するわけなんですよね。
でもその代り、ほかの人ができない姿勢や細密な動作の仕分けもできる。
そして「普通より全身の関節がしなる」わけですから、反動をつけるような動作では、筋力から想定されるより強い力を出すこともできる。
……まあ、大体何が言いたいのかはわかっていただけたかなーと思うのですが、
三橋君がもし、「異常に近いくらい体が柔らかい体質」という設定だったとすると、9分割のコントロールは物凄いどころかとんでもない努力の賜物ですが、毎回同じに見えるフォームで思ったところに同じに見える球を投げるために、三橋君はどこまで意識してかはわかりませんが、普通の子より恐ろしく高いレベルで手首やら肘やら肩やらあちこちの関節の力具合や角度を微妙に調節して三橋君的には一球一球毎回全然違う投げ方をしてるのかもしれません。
何がいいたいのかわからないと言われたので補足をw
つまりこう、「普通の人には物理的に投げられないとされている球」が
三橋はとある実在の特異体質ゆえに投げられるのかもしれないという設定かもしれないということかな。
だって漫画の主人公だからね、というのではなく、
「この方向、角度の回転を与えるのはふつうの人間には無理」という角度の回転をつけることができるとかそういう。
んでちょうど、バスケのタッピングとか、テニスの壁打ちででもどってくるのを延々打ち返すみたいな「投げ方」ができるみたいな。
具体的にどの場所にあてたときにどんな方向の回転や速度が必要かっていうのは、
三橋君が使っていた的の材質による弾性とか摩擦によっても違うわけですが、物理的に計算不可能ではないはずです。
んで、そういう球と思って読んでみても、自分の物理学知識では否定証拠はないと思いました。
あと、振りかぶることに「通常より効果がある」みたいな可能性もありますね。
つまり、三橋君が誰かに投げたまっすぐと、違う人に投げた違うコースのまっすぐは
内容的には毎回全然違う球なんだけど、もしバッターが三橋君の家の的と同じ角度、同じ力で打ち返せば三橋君がその場でとれるピッチャーフライになる球だったんじゃないかと。
んで、結果的にはいまのところ
「その打者が普通のストレートだと思って芯に当てようとしたらほぼ打ち上げちゃう球」
になってるってことなのかもしれないなーと。
で、三橋君が何を目的に何に向かって投げるかで全然投げ方も投げる球も違う人だとすると、
捕手のリードや捕球の意味もほかの投手とは全然違ったものになりますよね。
「エースの球は打たれない、阿部君のミットに届く!」と思って三橋君が投げたまっすぐは、
三橋君の場合は気持ちの問題だけじゃなく、
すでにストライクゾーンの位置にある的を狙ったときとは違うまっすぐだったはずということになるわけだから。
だから多分、阿部君が捕ってるまっすぐと、田島君が捕ってるまっすぐと、畠君が捕ってたまっすぐも、
捕るほうの受け取り方だけじゃなく、きっと全然違うんだろうなと。
坐って一球受けりゃ全部わかるらしいあの人は多分こう、そういう球だとは思ってはいないとしても、
高目とか低めとか外角とか内角とか、コースによって
三橋君のまっすぐが毎回同じ回転や速度じゃないことはひそかにわかってたりはしそうです。
人に言うときは、同じことだし言ってもしょうがないだろうから「三橋のまっすぐ」って言うんだろうけど。
で今日の調子ならここへ釣っといてから投げさせたらこいつは空振りする、とか、
こいつなら打ち上げてくれそうだとか、もうこいつには投げちゃダメだとか、
阿部君は阿部君の考えで打者を打ち取るためにリードをするわけですが、
阿部君にとってのベストは何かというと、打たせようと思った球以外は全部自分が捕ることですよね。
打たれようがなんだろうがとにかく三振を狙うとかじゃ勿論ないけど、
ベストは空振り、見送りでボールが自分のミットに収まる事。
阿部君にとってはベストリードの証明だし、投手にとってもそれがベストだと思っているから。
んで、田島君の場合だと今のところリードの巧拙はともかく、やっぱり「上手く打たせて取る」がベストって考えじゃないかなと。田島君にとっては「速球に慣れてるやつは騙されやすいけど、慣れたら簡単に打てちゃうし、
素直に打とうと思えば打てるのになんでみんな打ち上げるのかよくわかんねー球」なのかもしれません。
三橋君にバッティングピッチャーしてもらったりしてるときの、自分の感想がきっと田島君のまっすぐ感の一番でしょうから、そこは多分田島君がいくら捕手を上手くなっても、阿部がリードしてそのへんの打者が三振してるのを見ようと消えない感想だと思う。だって「自分は打てる」は変わらないんだし。
だから田島君にとってはなるだけ打ちやすいコースには投げさせないで上手く打たせられれば多分それが現状ベストリード。
つまり、うまい下手とかじゃなくても、スキとか信頼してるとかもヌキでも、
阿部君は「打たれないところへ」リードしようとしてて、
田島君は「打たせるところへ」リードしようとしてるんですよね。
畠君なんかもそれに関しては田島君に近い感じで思ってたかもしれないですね。
三橋のヘロ球じゃ、打たせて取るしか道ないだろ、と。
そして、打たせる機会が増えれば、捕る機会はへるわけで。
んで、あれだ。「高目にまっすぐ放れ」って田島君にサインだされたら、
三橋君はたぶん田島君のミットを狙うんじゃなくて田島君が望むコースでストライクゾーンを通過するところにある9分割の今は亡き家の的を狙わないといけないんじゃないかなと。
んで阿部はたぶん、三橋君がミット狙って投げれば阿部が投げてほしいとこで
ストライクゾーン通過するとこに構えてるんだろうと思うんだけど。
最初に三橋君の球をとったときに、阿部君は「低…?」とかなんか考えてる風味なんですが、
まあ、だからつまりもしかすると「打者がいるときでもキャッチャーのミット狙って投げればいいんだ」って
三橋君が思ったキャッチャーは実は阿部君が初めてだったんじゃないかと。
んでも、桐青戦とかのときはまだ、三橋君は阿部のミットじゃなくて的を狙ってたのかもしれません。
「次は左上」とか言ってるとこあるんでw
振りかぶっての投球練習での「これでいいのか」は阿部君のミットをまっすぐ狙って投げた
球が、自分が思ったとおりのところでストライクゾーン通過して、
「ああ、阿部君に投げる時はおんなじことだったのか!」という感動だったりしてね。
三橋君は何をどのへんまで意識して投げてるのかは謎ですけど、
もし中学時代に「打たせて自分で捕る球」としてまっすぐを意識して投げてたなら、
これをまた続けるとまずいぞ…とかは思ってるかもしれないですね。
そんな妄想にとらわれつつ眺めれば、
1月号でバントの打者をピッチャーフライで討ち取った三橋君は、なんだかビミョーな表情のようにも思えますw
でももしまっすぐがそういう球だとすると、
実際大地君が例えばもう少し飛距離を伸ばせば、かつての三橋君のまっすぐはどこへ投げても全部ホームランできてしまうわけですからそこが限界ですしね。
球威を上げてったらじゃあどうなるんだろうというと、
普通のストレートだと思ってくれる人も増えるけど、うまく当てられる人は長打が増えたりもするのかな?
強烈なピッチャー返しとかも増えそうな?
どちらにせよ、あまり速くなったら「必ず打ち上げられる球」じゃなくなるのは確かですよね。
だからやっぱり方向としては目指すのは打たれない球なんだろうなあと。
それが剛速球コースなのか、七色の変化球コースなのか、なんかナゾの何かなのかはわかりませんがw
三橋君の「まっすぐ」が、三橋君自体や、コミュニケーションとか物語自体の象徴というか、
なにかそういうモノなのかなーっていう雰囲気は誰もが感じるところだと思うのですよね。
西浦のチームメイトでは、
阿部君は三橋君のまっすぐを一番たくさん捕ってきていて、一番いいまっすぐを投げさせられるけど、
故に一番いい三橋くんのまっすぐを打つことは絶対にできない人。
田島君はたぶん、一番うまく打ちかえせるけど、今まであまり真面目に捕ったことはなくて、
でも今ちゃんと捕ろうとしてる人。
ほかのみんなは、慣れてきて打ち返せるようにはなってきたけど、捕ったことはない人。
そしてもし、三橋君がいつか自分のまっすぐにホントの自信を持てたなら、その時はもう、
三橋君はそれを隠そうとはしないだろう。
ホントの自信ってどんなのですか?
絶対に打たせない実力?
打たれても怖くないっていう勇気?
打たれても誰も自分を責めないっていう信頼?
そういうの全部?
それとももっと違うもの?
さあどうでしょう、でも「同じこと」ですよ。その時はきっと、もう隠す必要はないんです。
…なんて思うと、ちょっとまた面白いですねw
実はカーブもシュートもスライダーもすべて同じストレートの握りで投げていた!
とかいうオチもいいなあと思うのですが…
もし三橋君が指やら手首やら肘やらに常人以上の可動域をもつ人なら、
握り同じでも理屈の上ではそれっぽい変化球は投げれそうですもんな。
でもタコがあるらしいしなあw
タコができるほど本を見ながら練習したけどできなかったので自己流でそう見える球が
投げられるまでまた練習したとか…こじつけすぎかなあw
まあ、その場合は1巻の表紙は「実は握りはもともと隠さなくてもいいんです」ってなって
スッキリするんですけどw
まあ、誰でも一度はやってみたくなる「まっすぐ論」ってことで本日はこの辺で…w
