元旦なのでありがとうのお話なんぞw
「あのさぁ、オレ、榛名のじゃましてなかったよな?
イミわかるか?あの会話だけじゃわかんねーか」
「しっ…してないよっ
”おかげ”って言ったよ!”ありがとう”も言った!」
これ、阿部君と三橋君が榛名君と話した後日の会話なんですが(アフタ2010年2月号)
ここ読んでて、もしかして三橋君のじいちゃんてお坊さん?とか思ってしまったんですよねw
まあ、お坊さんじゃなくても教育者だし、おじいちゃんじゃなくてお母さんのせいかもしれないですけど…
大学の弓道部で毎年合宿に行くお寺がありましてね。
そこで「邪魔」は本来人に言っちゃイケナイ、なんてお説教を聞いたことがあるんですよ。
なんかね、邪魔っていうのがもともと「修行の妨げをする悪魔」という意味だから、それを人に向かって言うのは「悪霊退散!」並みの酷い罵倒になっちゃうんですって。
もとの意味なんてもう知らずにみんな使ってますが、知ってしまったからにはもう言わないでくださいねーみたいなそういうお説教。(関西では「めんどくせー」より気軽に「じゃまくせー」って言いますしねw)
「おかげ」は自分を陰にまわって助けてくれた人に向かって感謝して言う言葉、みたいになってるけど、もともとは「ご先祖様や仏様の庇護の下に」みたいなのが語源で、「あんた神様仏様みたいな人だ!」ってくらい助力に感謝してますってことですから「様」をつけましょう、みたいな話もそんときあったんですよね、たしか。
なんだろ、だからあれだ。
三橋君の「おかげ」って言ったんだから「じゃま」だと思ってたわけない!、っていう答えは、
一見話は通じるけど、日本語下手っぽいというか、
なんでまず「おかげ」の一単語だけを引っ張り出してくるんだ、って感じに聞こえたりもするんですが、
そんな話を知ってる人が聞けば…というか、少なくともあの和尚さんとかがきけば、ものすごく筋のとおった的確な返しだったりするんだろうなと…
んで三橋君はもしかしたら識ってて、しかも識ってるのが普通と思いつつ言ってたのかもしれないなあとかね。
勿論、そうだとしても阿部君も榛名君も全然フツーの意味で話してると思うんですけどねw
まあ、おじいちゃんに言われたのか、
おじいちゃんに育てられた教育学部准教授のおかあさんに言われたのかはしらないけど、
三橋君って意外となんかそういう「正しい日本語」を学ぼう的な教育を受けてたりするのも
アリかもなーとかいう気もしました。
ゴメンナサイとスミマセンの使い分けとかもしてるし…w
考えてみれば坊ちゃんなんだしな!w
「ありがとう」は「有り難う」で、「ありがたき○○を頂戴しました」が短くなったもので、
「めったにない、奇跡に近いような○○をもらいました」
みたいな感じらしいですな。
これは結構あちこちでききますよね。
「当たり前としか思えないことも、全て色々な見えない条件が重なり合った、一つの奇跡なのです」
みたいな。
○○には「幸せ」とか、「喜び」とか「言葉」とか…とりあえずなんかいいもん?w
まあだから、三橋君のじいちゃんが坊さんかどうかはさておき、
ありがとうはやっぱり全部一個一個違ってて、
全部一個一個深いんだろうなとか思ったりするのでありました…w
今年も皆様心からの「ありがとう」をたくさん言える日々でありますように☆
本年も何卒よろしくお願い申し上げますv
2011年元旦 栞
んでおまけの初妄想。
今回とりあげたシーンは内心こんなんでもいいなーとか…w
「中学でもおめーとくめてりゃなー」の返事が「榛名さんと組めてよかったでしょ」なのに
勝手にほんのり拗ねてる阿部君とかねw
この記事書くのに読み返してて、
三橋君の球とりたくてお願いにいって華麗に却下されて
「ちくしょーちくしょー」って個人メニューやってた後だから
これもアリかなーとか思いましたw。
まあこのあとは「なんかいいもん」のとこだし…w
中学のとき実は畠君の前の先輩が和さんタイプとかで、
三橋君は2年までは結構「ひいきだ」とは言われつつも
バッテリーは普通にできてたんだったりして…
「ぜんぜん勝てなくて先輩や同級生に気はつかったけど、捕手の先輩いい人で、
オレ畠君と組んだ3年のとき以外は別に捕手に苦労してなかったし、
阿部君いても組めなかったよ~」
とか言い出す三橋君とか、
「その先輩、『廉、ホントのエースになってまたオレんとこ来い。また組もうぜ』って
言ってくれたんだけど、三星じゃあんなことになっちゃったから、一度はあきらめてたんだ。
でも西浦にきてよかったよ!
あと2年しかないけどオレホントのエースになって大学でその先輩と野球したいから、
頑張ろうね阿部くん」
とかニカッと笑って畳み掛ける三橋君とかも考えてみたんですが、
どうしても途中で阿部君が泣きながら走り去ってしまうので、新年を祝う日にふさわしくないかとやめました(ぁ

