ラストページ。
とりあえずここまで準備して、結局4枚目だったかな?
4枚目までの間拍手してくださった何人かの方、どうもすみませんでした、
そしてここまで読んで下さった全員の方、ありがとうございましたw
一巻の冒頭。
中学でイジメられてた三橋君がそして西浦へ逃げてきて、立ち直っていくお話がここからはじまる…って
はじめは普通にそう読んでましたけど、
なんだろ、でも親がイジメを見かねて高校から環境を変えさせてあげようと思って西浦へ入れた、
とかじゃないんですものねぇ。
ヒイキだとわかってても投手がスキで自分から投手を辞められなかったのも、
それなら実力でホントのエースになればいいんだって努力したのも、
でも3年間頑張ったけど勝てなかったのだから、
これ以上実力のない自分がわがままを押し通していいはずないし、
投手をするのは諦めるべきだと思ったのも、
だとしてももうヒイキは嫌だから高等部に進むことなく西浦を受験することにしたのも、
合格したけどかといって自分は投手できる実力がある人間じゃないんだから…
そして投手ができないなら野球部はいったってしょうがないよ…と考えて入部を躊躇したり、
それでもやっぱり野球部を見に行っちゃったりするのも…
全部三橋君のキャラを抜きに行動だけ考えたら、全然フツーにまっとうというか、フツー以上にすごくまっすぐに自分が好きで選択したことを真剣に一生懸命頑張ってる子の話だよなーと今更改めてw
頑張る人の話ってすごく難しいと思うんですよ。
頑張ってうまくいってるひとはそう、頑張らなくちゃダメだ!頑張ればできるはずだ!って言うし、
頑張ってなくてうまくいってる人は頑張るかどうかなんて関係ないよ、ダメなやつはダメだって言うし、
頑張ってるのにうまくいってない人はそれで傷つくし、
頑張ってなくてうまくいってない人もそれでやっぱり傷つくし、
勝ち負けじゃなくて頑張ることが大事なんだよ!って言えば、
スキで頑張ってないんじゃない、頑張れない事情があるんだって傷つく人もいるだろうし、
うまくやってるのに頑張ってないからダメだっていうのか?って傷つく人もいる。
一つの言葉でものすごく励まされる人がいるのと同じ数だけ、同じ言葉で傷つく人がいる、みたいな。
全然違うってわかってるのに同じだって言われて傷つく人もいるし、
信じてきたものを否定されて傷つく人もいるから。
…まあなんだ。
だれでも自分のモノサシでしか測れないものなあ。
お話を作るとかそういうのでなくて、日常の生活でも、
どんなスゴイ話でも自分がイイと思ったことでも、似てる話の共感できる部分を探すのは悪いことじゃないんだけど、まったく同じものだと決めつけちゃ絶対いけないと思うし、
「やりたい」と「できる」と「頑張る」は、やっぱりベツモノだと思うのがいいんだろうなあと思う。
「投げてアウトとれて役に立つからみんなオレを嫌わないでいてくれる」
でもたぶん、三橋君だけじゃなくて、チームメイトみんながそう思ってると思うんですよね。
三橋君に対して、っていうんじゃなくて、「役に立つから居場所がある」のところ。
三橋君以外もみんなもともと友達同士ってわけでもないんですし、まだ知り合ったばかりだし。
みんなそれぞれの立場で「そうだよ」って頷く部分がある話じゃないのかな。
チームを「社会」とかに置き換えて話をでっかくして考えてみると、すごく厳しくてこわい社会が見えてくる。
頑張る力にもなるけど、そればっかりだったら「できない人」を自分も他人も丸ごと否定してしまう厳しい社会。
そんな社会はダメだ、というのは簡単だけど、それはまた、そんな社会で頑張ってる人を丸ごと否定してしまう
ことにもなる。
…だから、「でも、それだけじゃないだろ?」って。
こういうことを考えると、やっぱりヤサシイワタシととおお振りの関係は漂流教室とまことちゃんの関係みたいなもんなんだろうなあとか変な感想を抱くわけですが(ぁ
