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この鳥居は奈良県桜井市の大神神社の大鳥居です 大きいでしょう! 横の車や家と比べてみてください 関西ではここを『三輪さん』と呼びますが 正しくは三輪明神(みわみょうじん)大神神社(おおがみじんじゃ)と言います 大神神社には本殿がなく、大鳥居の後ろに見えている山自体が 御神体なんです (この山は高さ467m、周囲16km) なので参拝者は、拝殿から御神体である三輪山を直接拝むんです 三輪山は古来より神の鎮まります山として崇められ 古事記、日本書紀にも記されています


   三輪山は『古事記』にこう記されています

   『活玉依毘売(陶津耳命の子)のもとに、正体不明の麗しい男が夜ごとに訪れ

   やがて娘は懐妊する。 

   怪しんだ両親は「赤い土を床に散らし へそ(麻の糸巻)の紡麻(つむいだ麻の糸)を
 
   男の衣の裾に刺しなさい」と教える。

   夜が明けてみると糸は戸の鍵穴を通って三輪山の社の所で終わっていた。

   そこで初めて、娘は男が大物主神であることを知る。 

   その時、戸の内には麻糸が3巻残っていた。 

   そこで、その付近を「三輪」と呼ぶようになった。

   (古事記・崇神天皇の条より)


   『日本書紀』にはこういうふうに・・・   

   倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ・孝元天皇の子)は大物主神の妻となったが

   大物主神は夜しか訪れないため、姿をはっきりと見ることができなかった。

   そこで、姫は朝までいて姿を見せて欲しいと懇願すると 妻の願いを聞き入れた神は

   「明日の朝、櫛箱の中にいる。自分の姿を見ても決して驚くな」という。

   翌朝、櫛箱の中にいたのは、下紐ほどの小さくて美しい蛇であった。

   姫は驚いて声を上げてしまう。

   大物主神は、恥じて人の姿に戻り、姫を恨んで 

   「おまえにも恥をかかせてやる」といって空へ上って三輪山へ帰ってしまった。

   姫は後悔して座り込んだところ、箸が陰部に刺さって死んでしまった。

   そのため姫の墓は「箸墓」と呼ばれた。 

   この墓は、昼は人が造り、夜は神が造ったという。

   (日本書紀・崇神天皇10年9月の条より)


三輪山に入山を希望する場合は 境内にある摂社・狭井神社の社務所にて許可を得なければいけません そこで氏名を記入し300円を納めます そして参拝証の白いたすきを受け取り御祓いを済ませるのです 道中このたすきを外すことは禁止されています 一般に2時間ほどで下山は可能ですが 長くても3時間以内には下山しなければならないという規則が 定められています また山中での飲食、喫煙、写真撮影は一切禁止されています 数多くの巨石遺構、祭祀遺跡も散在します これに対しても原則として許可なしに撮影は出来ません さらに山内の一木一葉に至るまで神が宿るものとして それに斧を入れることは許されておらず 山中は、松、杉、檜などの大樹に覆われているそうです ここ三輪さんは関西の人々には『商売繁盛』の神様としても有名です このあたりで作られている『三輪そうめん』もかなり有名ですよ もしも三輪そうめんを食べる機会があったら 三輪さんのことを思い出してくださいね! ちなみにばらちゃん、三輪そうめんは好きですが 三輪山には登ったことがありません

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