♪赤い靴はいてた女の子 異人さんに連れられて行っちゃった♪
この歌はもちろん皆さん良くご存知の歌ですよね~
子供心に、どうして赤い靴の女の子は異国の人とお船に乗って行っちゃった
のか不思議でした
コレには深いわけがあって・・・
この歌に歌われた『赤い靴の女の子』は実在したのです
主人公『いわさききみ(岩崎きみ)』ちゃんは明治35年7月15日生まれです
きみちゃんのお母さんは離婚をしてきみちゃんを女手一つで育てていましたが
この時代、女性が
一人で子供を育てると言うことはかなりの厳しさがあったと思います
そんな時、古くからの知り合い、鈴木志郎との再婚の話があり、きみちゃんを
連れて再婚をします
きみちゃんが3歳になったとき、北海道での開拓話が持ち上がり、北海道へ行
くことが決まりました
きみちゃんのお母さんはきみちゃんを北海道開拓の厳しい地へ連れて行ってい
いものかどうか迷いました
開拓民の生活は厳しく苦しいもので、母親は泣く泣くきみちゃんを、アメリカ
の宣教師チャールズ・
ヒューエット夫妻の養女にしたのです
それほどに開墾地での生活は苦しかったのです
それから3年の時が過ぎ、この宣教師夫妻にアメリカから帰国命令が来ました
もちろんきみちゃんを連れての帰国です
鈴木夫妻は開拓の地できみちゃんがアメリカにわたったことを知ります
鈴木夫妻は開拓の地で知り合った『野口雨情』と親交を持つようになります
そして自分の子供が宣教師と共にアメリカにわたった話をしたのです
雨情はアメリカで幸せに暮らしているきみちゃんをイメージしてこんな歌を
作ったのです
赤い靴
赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに つれられて 行っちゃった
横浜の 埠頭から 船に乗に乗って異人さんに つれられて行っちゃった
今では 青い目になっちゃって 異人さんのお国にいるんだろ
赤い靴 見るたび 考える 異人さんに逢うたび 考える
赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに つれられて 行っちゃった
横浜の 埠頭から 船に乗に乗って異人さんに つれられて行っちゃった
今では 青い目になっちゃって 異人さんのお国にいるんだろ
赤い靴 見るたび 考える 異人さんに逢うたび 考える
ところが、きみちゃんは『異人さんの国』へは行ってなかったのです
きみちゃんは当時、死の病と言われた結核に罹患しアメリカにいけなかった
のです
宣教師夫妻はなんとしてもアメリカにつれて帰りたい、療養させてやりたい
そう望みましたが、不治の病、ましてや人から人へと感染する結核
きみちゃんは船に乗せてもらえなかったのです
仕方なく宣教師夫妻は東京麻布にある教会の孤児院にきみちゃんを預け
横浜から帰国してしまいます
きみちゃんのお母さんはきみちゃんはアメリカで元気に暮らしていると
信じ、事実を知ることもなく
亡くなりましたが・・・
その後、きみちゃんの義理の妹さんがきみちゃんの行方をある方に探し
てもらいました
その方は、日本~アメリカと長い年月をかけて捜し歩きました
そして、やっとの思いできみちゃんの消息をつかんだのです
なんと、きみちゃんは9歳でこの世を去っていたのです
2度も親から・・・・やむなくであったとしても・・・・
なんて可愛そうな短い人生だったのでしょう
小さな体で時代と運命に翻弄されたきみちゃん
この話を知ってから、この歌を歌う時、涙なしでは歌えなくなりました
関東の方はご存知かもしれませんが、横浜、山下公園に赤い靴を履いた
女の子、きみちゃんの
ブロンズ像があります
海のほうを向いて・・・
そうしてもう一箇所、きみちゃんが結核で療養していた場所、麻布十番
にも赤い靴を履いた女
の子の像があるようです