今日は

哀しみを得る
看取りの生き方レッスン
という



村中李衣さんの講演会に出るために

絵本セラピスト仲間と小田原に



あの〜

この企画を知ったとき

母が

病院から老健に移り

面会ができない状況にあった

そう私はおおきな課題を抱えていたんです



父はコロナの真っ只中で


何も看取る?って

感じじゃなくて

え?逝っちゃった

まだ病院🏥にいるんじゃないの?

って

3年経ってもおもってる


遺影の笑ってる父が

いつもいるって



だから


母とあえない時間は私を麻痺させてるんだろうかなって

これでいいのかな?って


思い始めた頃


悲しみでなく


哀しみ




哀れって

言うことなんでしょうか



そして


得るんですよね


何を得るのでしょうか

そんな想いで

参加させていただきました







李衣さんはZoomで

2度ほど拝見させて


その声の

平らかさに

どんな人生を背負ってる方?

神様みたいな方って


おもってた

講演会中も思っておりました!



さっきまで


でも

さっき

懇親会で


(>ω<)苦手な人いるの


そうして、その人が来たら


                            隠れるの


というニュアンスの発言されたのを聞いたら


ああああ


普通の

三ツ矢サイダーの歌を知ってる



同世代の人なんだ


こんな一面を見られた



今日の会

ほ!

でもでも



おおきなたいこ🥁




あんなふうに歌い


赤ちゃんを眠らせる


やっぱり不思議な人


🩷

声を届ける

🩷

たちあう

🩷


さあて


今日の講演会で

また


宿題をもらった気がしてる


🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿

臨んだときの

課題は

あっぱれ


ってあの言葉でまあ

まあ

クリア

🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿