ここに来る前の暮らし#畳と縁側と中庭のある家

 

 さて、実家から出た私は一年間の浪人・四年間の大学生活で寮や下宿での暮らしを経験します。その後、紆余曲折あって実家で暮らした後、結婚が決まり、夫と話し合って一軒家を借りて住む事になりました。それがこの夏まで暮らしていた築約60年の古民家です。

 

 それは二階建ての広い家でした。畳三畳ほどの小さな中庭があり、土間もあったので、私はそこで大きな絵を描いていました。トイレが汲み取り式だったので、臭いの事が気になりましたが、私はこの家の雰囲気がとても好きで、住んでしまえば都でした。汲み取り式トイレをものともせず、自らの希望でこの古い家に住む事になったわけですが、この家に暮らす上でぶち当たった壁が一つだけあります。

 

 それは台所の狭さ。家族3人、持て余すほど広々とした居間や寝室に比べ、台所はとてもこじんまりとしていました。冷蔵庫と電子レンジなどの調理機器を置くと、もはや人が立てるスペースは、畳半分くらいです。隙間に押し込んだ冷蔵庫の扉は、なんと半分しか開きません。なので、食材の出し入れがしにくかったり、どうしても掃除のできない箇所がありました。シンクに空きスペースがないために、食洗機も置けません。食器を置く場所もないので、居間に別に置くしかありません。調理中にちょい置きできるスペースは、50センチ四方くらいしかありません。

 

 

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 ボロカスに言うようですが、私はこの家をとても気に入っていたんですよ〜!

 

 ただ、台所に関しては普通に説明するとこうなってしまいました・・・。「先住者はどうやっていたのだろう。」住み始めてすぐの頃は、事あるごとにそう思いました。こんな狭い台所で、どうやって料理してたんだろう。どう始末していたんだろう。すごすぎる。よく今まで火事にならなかったな。などなど。吊り戸棚があったのですが、扉のないタイプだったため、そこに置いた調理器具はすぐに油でギトギトに・・・流し台の下にまとめるしかありませんでした。お料理も、スペースがないために同時進行で作るのが難しく、一品ずつ作る事で時間がかかって仕様がありませんでした。

 

 実家の台所は広々としていたので、その感覚で使おうとすると問題だらけの台所でしたが、それでも夫婦二人きりの頃は、慣れてくればなんとかなったものです。産後に比べると時間も限りなくあったし、コンロの近くを娘がチョロチョロして私が動けない、なんて事もなかったわけですから。
 

 ただ、娘を出産後いよいよ、この台所の不便さを改めて痛感する事になりました。娘が一歳を過ぎて歩けるようになり、今まで私が調理中にちょい置きしていた50センチ四方のスペースに手が届くようになりました。さらに、扉という扉を開けて中の物を出して遊ぶようにもなりました。そもそも調理するスペースがないところで、娘の散らかすものを5回6回と片付けながらなので、もはや全く調理が進みません。この頃のイライラは相当なもので、一旦好きになった台所仕事が、今度は大嫌いになりそうでした。

 

 私はこの家が大好きだったし、この頃はまだ引っ越す考えなどなかったので、この台所問題をなんとかしなくてはと思いました。最初に実行したのがとにかく台所の物を減らす事でした。夫婦の食器はワンプレートとお茶碗とお椀だけにし、それ以外は倉庫にしまうか処分しました。よく使うタッパーも、大きさがバラバラのものは処分しました。お鍋はエースのものを4つ残して、倉庫にしまいました。

 

 

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 物が減った結果、娘の散らかす物も限定され、片付けが楽になりました。残念ながら元々が狭いため、物を減らしてもちょい置きスペースは元より大きくは作れませんでしたが、それでも多少なりとも調理はしやすくなりました。また、スペースが空いた事よりも決定的だったのは、ものが少ない事により、その管理が楽になったという事です。これはミニマリストの先人達が皆揃って教えてくれる事で、例に漏れず私も「物が多い」事によるストレスから解放されたのでした。

 

 また、物だけではなく献立もミニマルにしました。焼くだけ、茹でて切って和えるだけなど、なるべく工程が優しく、かつ、ほぼ決まったもののローテーションをするようになりました。揚げ物が食べたい時は無理せずお惣菜を購入するようにしました。育児で料理に手が回らなかったり、揚げ物が危険だったりという事もありますが、これも狭い台所でごきげんな時間を過ごすための工夫です。

 

 全く意図していなかったわけではないですが、気がつくとミニマリストの扉を叩いていた私は、その勢いのまま、台所以外の部屋の物も減らしていきました。どんどんミニマルになり、すっきり片付いた部屋を眺めてどんどんごきげんになり、さらに保存食や家庭菜園の事などもきっかけで、元々興味のあったスローライフへの意識が高まる事となりました。

 

 ちなみに私はミニマリストと正式に名乗れるようなミニマリストではありません。と言うのも、家中のどこもかしこもミニマルになったわけではないからです。私は物を始末しながら大事にしていく習慣も好きです。アトリエとして使っていた土間には所狭しと絵の道具を並べていたし、倉庫や押入れには思い出の詰まった大切な物もたくさん仕舞っていました。何よりも自分がごきげんでいる事、それが全ての基準です。そのためには、都合の良いミニマリストである必要があるのです。

 

 

 台所仕事は、私が好きな家事の一つです。

 

 

 私は独身の頃から継続して、娘が一歳半になるまで画家活動をしていました。現在は、娘との時間を大切に過ごすために、画家活動はお休みしています。その道を歩んでいる方にはよくお分かりいただけるかと思いますが、画家活動というのはいわばライフワークなので、一定収入があるわけでもなく、全ての作品が、必ずしも収入に繋げるためのものではありません。それが自分でもよく分かっていたため、そんな風にさせてくれる夫にはいつも恩を感じていました。だから、家の事はしっかりやりたい、やらなきゃ!という、主婦として妻としての義務感のようなものが始めはありました。また、私は小学三年生頃からほぼ全ての家事を手伝っていたので、「家事は好きか嫌いかではなく、やるもの。」と考えていました。

 

 

 そんな、「家事は好きか嫌いかではなく、やるもの。」と考えていた私が、始めのきっかけこそ思い出せませんが、突然ぬか漬けが作りたくなって、実際に作ってみたことをキッカケに、保存食にどハマりする事になりました。ぬか漬け、塩漬け、高菜漬け、らっきょう漬け、梅干し、そしてWS参加で体験させてもらった手前味噌・・・どれも本当に夢中になりました。更に自分の作った野菜を、お漬物にしてみたくなって、プランターで野菜を作り始めました。

 

 

 夢中で保存食や野菜を作っていくうちに、「家事は好きか嫌いかではなく、やるもの。だけど、好きだと毎日めっちゃくちゃ楽しい!」と思うようになりました。そこから掃除の方法や、刺繍やダーニング、家庭菜園のイロハなど、家事や暮らしごとに関連する本を読み漁り、全て実行できなくても、いつかやろうと夢見て、どんどんハマっていきました。ちょうど、娘を妊娠した事によって巣作り本能が働いていた事もあったと思います。楽しくて楽しくて、本当に夢中になりました。

 

 

 産後、無理してでも続けていた画家活動に限界を感じ始めた頃、疲れやストレスを発散する場所がなくて困り果てていました。絵を描くためにはまとまった時間が必要なのですが、そもそもトイレに行く事すら思うように行かなかったので・・・ましてや絵を描く時間を確保することは、相当難しいものがありました。また、大作には集中力も要するので、乳幼児育児中のひどい寝不足の頭では、全く満足の行く作品が描けず、かえってストレスが溜まりました。

 

 

 その点、家事は育児との平行作業ができます。更に、五分あれば完結できるような作業が膨大にあるのです。その膨大さゆえ、「名も無き家事」なんて揶揄され、家庭環境によっては妻がそれに押しつぶされる事になりうるというジレンマもありますが・・・ありがたい事に、私はたまたま、本当にたまたま、この「名も無き家事」がわりと好きだという事が分かったため、今ではご機嫌でこの趣味に没頭するようになりました。

 

 

 特に保存食作りを中心とした台所仕事はその最たるもので、ひた向きに手指を動かせば必ず報われるところが、私をご機嫌にしてくれます。

 

 

 そんなわけで、私は台所を基地のようにして、一日のおよそ半分をここで過ごす日々です。

 

 


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 上の写真は、今住んでいる古民家に引っ越す前に台所を撮ったもの。この古民家に住みたいと思った決め手はたくさんあるのですが、この台所もその一つです。

 

 

 

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 これが現在の台所の様子です。今日は朝から雨が降っていて、室内はこのように薄暗いのですが、この感じも懐かしい感じがして、とても好きです。庶民的かつ、昭和の雰囲気が漂っている、私の理想の台所です。お庭の話でも同じことを言いましたが、私は手入れされすぎない感じがとても好きです。台所も同様です。例えるならば、おふくろが煮物を炊いてそうな雰囲気がとても好きなのです。そのおふくろの手はしわしわで、エプロンではなく、割烹着を着ているのが理想。理想の古民家物件を探している段階の頃、水周りだけはリノベーションをして小洒落た感じにする事も考えたりはしたのですが、やっぱりこの雰囲気は捨てがたく、元々あったシンクや吊り戸棚をそのまま使うことにしました。今後、この台所は夫と二人でDIYリノベーションをする予定にしていますが、それも今の雰囲気を生かした内容にするつもりです。

 

 

 さて、前置きが長くなりましたが、今日の台所基地での一コマは、秋の栗しごとです。ご近所の方から立派な栗をいただいたので、渋皮煮を作ってみました。

 

 

 


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 もちろんこの作業もしみじみ行う余裕はありません!一つ剥き、娘に歌を歌い、一つ剥き、娘と追いかけっこ。煮こぼしながら、絵本を読む。見たいと言われれば、抱っこしてお鍋の中を見せてやる。おままごとしたいと言われれば、一時中断する。とにかく常にてんやわんや。片手間にしかできません。それでもお料理は確実に出来上がっていくので、とてもちょうど良い趣味になるのです。渋皮煮は初めて作りましたが、鬼皮剥きがめちゃくちゃ楽しい!そして、お鍋がワイン色に染まる程のアクの多さにびっくりしました。

 

 

 

 

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 とても美味しくできました。娘に隠れて、パクリ( ´ ▽ ` )!!

 

 

 

 

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ここに来る前の話 実家編2

 

 

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#ベッドとフローリングとカーポートのある家

 

 

 私が小学二年生になる少し前に、両親が新築で家を建てました。それが現在の実家です。

 

 

 両親がカタログを広げて子供部屋の壁紙を選んだり、まだ建物の基礎の状態だった時に様子を見に行ったり、母が現場の方にコーヒーを差し入れていた事をよく覚えています。その頃の私は、子供部屋ができるとあって、もうウキウキワクワクでした。家具屋さんにベッドを見に行った時は、憧れのベッドで寝られると分かり大喜び。両親にとっても、私にとっても、待ちに待った新居への引っ越しでした。

 

 ところが、新居へ引っ越してからというもの、私の気分は優れない事が多かったような気がします。小学生にして昼間は頭痛、夜には目眩がするようになってしまいました。学校の休憩時間でも、頭痛がひどくて、ゴム跳びに参加できなかったのをよく覚えています。ズキズキとした痛みを感じながら眺めたゴム跳びのゴムと、それを引っ掛けた同級生の足首と、強い日差しの跳ね返る運動場の土の色を、今でもはっきりと記憶しています。

 

 元々、HSPという特性があり、きょうだい児としての悩みもありました。引っ越し当時は小学3年生に上がる直前・・・当然知識はありませんでしたが、引っ越し以外にもそう言った事情を含めて、色々と重なって出てきた症状ではあったと思います。両親には相談できませんでした。

 

 

 また、意外と大きな問題は、トイレが洋式便座になった事です。こんな話ですみません・・・。それまで和式便座しか使った事のなかった私にとって、洋式の便座で用を足すのは容易ではありませんでした。他の家族はどうしていたのか分かりませんが、私はどうしてもコツが分かりませんでした。苦労した記憶しかないせいか、今でも実家のトイレを想像すると、なんとなくモヤモヤしてしまいます。繊細すぎて、困り者です。

 

 話は戻ります。そのお家は、お庭に代わって、カーポートが付いていました。両親は便利になったでしょうが、土いじり大好き少女だった私にとっては、コンクリートで塗り固められたそのスペースに、いかんせん味気なさを感じていました。ただ、家の裏には土のままのスペースが畳二畳ほどあり、その小さなスペースで、家族でぎゅうぎゅうになってバーベキューをして、蛍の光を見たりした良い思い出もあります。でも、小さな洗い場があるだけのそのスペースにも、やっぱりどこか味気なさを感じて、そこで遊んだ記憶はそんなにありません。先に記したように、悩みのせいというのが大半を占めるけれど、今思えば、引っ越しに合わせて転校もして、大きく環境が変わった事によってノスタルジックな感情が芽生えていたのかもしれません。

 

 

 もちろん、引っ越して悪い事ばかりではありませんでした。家の周辺には小川や田んぼが広がり、空き地もたくさんで自然がいっぱい。美しい水草の生えた小川がすぐ近くにあって、水草めがけて網を突っ込めばメダカやアカハライモリが取れるし、家の周囲にはイトトンボやハグロトンボがよく飛んでいました。カーポートは好きではありませんでしたが、そこに迷い込んでくるイトトンボを見るのはとても好きでした。セイタカアワダチソウの枯れた茎をしごいて、竹刀のように振って遊んだりもしました。夏になると近隣の畑から草刈りの音が聞こえてきて、刈りたての雑草の匂いが沸き立ってとても良い気分でした。大人になった今でも、草刈りの音と匂いが大好きです。家の外には無限に遊びがあって、それが私を癒してくれました。自然の中で遊ぶのが、本当に大好きでした。

 

 

 家の周り全体が、大きな大きな庭だったのです。あの頃のノスタルジックな自分を癒してくれたのも、またそういう自分を作ってくれたのも、やはり庭でした。そして大人になった今も、庭には特別な思い入れがあり、元気が出ない時、庭に出て草や土をいじるだけで穏やかな気持ちになれます。そんなわけで私は、最愛の娘にも庭でのびのび育って欲しいと願っています。

 

 

 

 さて、この古民家に来る前の話をしたいと思います。

 時を遡る事30年・・・あっ、早速年齢がバレてしまいましたね。私の両親が新築で家を建てるまでの間、私達家族は借家住まいでした。私の一番最初の「家」の記憶は、縁側と庭です。 

 

 

ここに来る前の話 実家編1#縁側と中庭のある家

 

 その家は、昭和の雰囲気漂う、縁側と庭のある木造二階建ての一軒家でした。二階には4.5畳程の部屋があり、父が書斎として使っていました。
 

 縁側には私達のおもちゃを収納するためのラックをいくつも置いていたので、狭い通路が更に狭くなっていた。おもちゃ用の収納ラックを置いていた事もありますが、最新の住宅と大きく違って、細々と分割された間取りが秘密基地のようで、幼児の好奇心をくすぐる空間になっていました。椅子やラックの柱を利用して、洗濯バサミを使って狭い縁側の入り口にバスタオルを張り、自分用の小さな部屋を作ったり、箪笥にトランポリンを立てかけてテントのようにして遊んだのもよく覚えています。そんな風に家をまるごと秘密基地のように暮らした感覚が、30歳を過ぎた今でも強く心に残っています。

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 お庭には丸い庭石が敷き詰められていて、椿の木が植わっていました。敷地の境界に目隠しとして植わっていた庭木の根元にはドクダミが生えていて、その光景や匂いは今でも鮮明に覚えています。

 

 余談ですが、私は小さい頃から匂いにとても敏感だったので、匂いの記憶がとても強いです。このお家の記憶を辿ると、部屋によっても匂いが違っていた事を思い出します。私はよく椿の蕾を剥いて遊んでいたのですが、その時の匂いや、色水あそびの匂いなども覚えています。匂いのエピソードはまた別の記事で詳しく書こうと思っていますが、おそらくHSPの特性かなと思います。

 

 お庭ではダンボールのお家を作ったり、庭石を使って潮干狩りごっこをしたり、友達を招いて塀越しにぬいぐるみ劇をしたりしたのを覚えています。色水遊びをしたり、椿の蕾をちぎって分解して遊んだり、母と一緒に牛乳パックのハガキを作ったりもしました。

 

 今思い返しても、あの家が私に色んな遊びを与えてくれたなぁと、人生で初めて住んだ家の存在感をひしひしと感じます。

 

 きっと私の母も、庭で子供達がのびのびと遊んでくれる事で、家事や仕事をする時間を作る事ができていたんじゃないのかなと、自分が母親になってみて思います。もちろん、私達が縁側から庭に自由に出入りし、家の中のオモチャと外のオモチャをいっしょくたにして遊んでいたという話には、我が仕業ながら母に同情しますが・・・。笑

 

 育児に仕事に家事にと、いつも忙しい母でしたから、お庭は常に手入れされているわけではありませんでしたが、それがかえって私達の遊びを豊かにしてくれました。私は今でも、手入れされすぎていないほどほどのお家やお庭が一番素敵だなと思います。先月引っ越したばかりのこの古民家の中も、お庭や畑も、ほどほど加減を大事にしながら作り込んでいこうと思っています。

こんにちは。朝方は肌寒くなってきましたね。今日は気持ち良いおてんき!いくらでも動けそう!

8月に引っ越してから休みなしで家を片付けていたので、夫婦共に疲れ気味です。特に私は日頃から座るのもご飯を食べるのも忘れて動き続けてしまうタチなので、「妻ちゃん、今日はゆったりね!」と、出勤前の夫に釘を刺されました。

というわけで、今日は意識してゆったり過ごすのが目標です!

さて、今日は我が家の朝のお話です。

「おかあしゃんそろそろ起きるぅ?」

毎朝5時半、私の耳元で悪魔の・・・じゃなくて可愛い声がします。もうすぐ二歳の娘は、日の出と共に起きてくるため、私たちもそれに合わせています。数ヶ月前までは毎朝四時半に起きていたので、これでも遅くなった方なのですが、低血圧の私には早起きすぎて・・・余裕であと2時間は寝れそうな重い頭と身体を気合いで振り起こし、起きて2秒で遊び出す元気娘に返事をしながら朝の支度を始めます。

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一つ目の朝のルーティンは、まず一番に縁側の戸を開け、朝日を浴びる事です!バリバリHSPの私は、朝日を浴びると覚醒するのをモロに感じます。どんよりとしていた頭の中が、スーッと澄み渡って、目の前が明るくなって、身体も軽くなります。大体朝日を浴びて10秒くらいで全身が覚醒します。その瞬間がめちゃくちゃ気持ち良い!頭痛薬が効いてくる時もそんな感じなんですが、お日様ってすごいなってつくづく思います。HSPについてはまた後日記事にするので、良かったら覗いてくださいね。

それから娘による絵本やおままごとのお誘いを丁寧に断りつつ、自分と娘の着替えを済ませ、髪を結んだり身だしなみを整えたりしていると、夫が起きてきます。娘が一歳を過ぎた頃から、特に朝のコアタイムで全く余裕がなくなったので、化粧をやめました。一時期は女でなくなったような気分でしょんぼりしていたのですが、すっぴんに慣れるとめちゃくちゃ楽チンです!

それから夫と入れ替わり立ち代わりで娘を見ながら朝食を済ませ、夫は朝食の洗い物をしてから出勤し、私は娘を見ながら洗濯やお出かけの準備をします。

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二つ目のルーティンは、娘との朝活。娘が早起きなので、朝はたっぷり時間があります。引っ越してからは保育園に通いだしたので、朝の支度後から保育園に行くまでの時間は朝活にあてています。テレビを置いていないのと、娘が一人遊びをしないタイプなので、おままごとやおしゃべりしながらのお散歩など、がっつりやりとりをして過ごす事が多いです。娘がまだ四時半起きで、夜泣きも激しく私の寝不足が酷かった一歳半頃は、夫が毎朝公園に連れて行ってくれていました。写真は以前住んでいた町の公園で、娘が小枝と落ち葉でスープを作った時のものです。今朝は中庭で水遊びをした後、保育園へ。まだまだ慣れないため、「嫌!」と言いながらも、まんざらでもない様子で私に手を振ってお見送りしてくれました。

さて、そんな感じで今日もドタバタな朝の支度が一通り終わり、どこを片付けようかなと考えかけたのですが・・・

あっ。そうだ、今日はゆっくりねと言われていたんだった。

というわけで、休憩がてら畑の様子を見てくることにしました。当分は家の中の片付けやお手入れに時間がかかりそうなので、畑に手を入れたい気持ちをぐっと堪えているのですが、やっぱり気にはなります。

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見ての通り、前が見えない程の草、草、草でボーボーです。本当は自分達で少しずつ綺麗にして行きたかったのですが、二歳前の娘を見ながらで一向に片付けが進まず・・・このままではご近所さんにご迷惑をおかけするかもしれないと心配になってきたので、先週、業者さんにお願いして簡単に草刈りをしてもらいました!

それでもまだまだ全貌が見えません。でも見たい。隙間をぬって進んでいくと、興味深いものが落ちていました。

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なんかのうんち!

はい。獣のうんちです。そりゃぁいるよね。田舎やし。よく見ると柿のタネがめっちゃ入ってる!畑には先住者が植えた柿の木があります。それがもう、とにかくたわわ!

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私は確信しました。このうんちに入ってる柿、絶対うちの柿やろ。

ついつい娘に話しかけるようなテンションで「わ〜いっぱい食べたねぇ!」と言ってしまいそうでした。高い木になっているので、猿やよね?と思ったのですが、小動物が地面に落ちたのを食べたのかも。でもなかなか立派なうんちなので、結構大きい動物のような気もします。分からない事だらけですが、楽しい朝んぽでした。

畑を本格的に始める前に、鳥獣対策を考えなくちゃなぁと思った朝でした。

はじめまして。

このブログを見てくださってありがとうございます。

 

歌とおままごとが大好きな娘と、手仕事と伝統工芸をこよなく愛し、自身も職人である夫と、

画家活動をお休みして育児に奮闘する私の三人家族です。

 

この夏、築約70年の畑付き古民家に引っ越す事となりました。

ここに来る前は、築約60年の古民家で、5年間暮らしていました。

 

半年程かけて本当にたくさんの物件を下見し、やっと夫婦の理想の家に巡り合いました。

コロナの影響もあり途中中断したりと色々ありましたが、やっと新しい生活に向けて動き出したところです。

 

「ここ、古民家。」と題して、引っ越し先の古民家暮らしの様子を書いていきたいと思います。

古民家のDIYリノベーションの様子や、家庭菜園の諸々、保存食作りや育児などの家しごとの話を交えながら、

ここに来る前の暮らしのことも書き綴って行きたいと思います。

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