こんばんは(*^^*) 千紘です。
もう7月ですね~…(汗
私はあまりブログでは、多くを語らないタイプですが(笑)
やっぱりあの夏至に訪れた吉原は、意味のあることだったのだと感じています。
私は夏至の日、吉原に行きました。
浅草の奥の方。遊郭のあった場所です。
私は子供のころから遊郭に興味があり、なんとなくご縁を感じていた場所でした。
吉原は関東大震災で大火事が起こり、たくさんの遊女が亡くなった場所です。
そんなことも、今回行ってみて初めて知りました。
そして今回、吉原に呼ばれた理由が 友人のおかげもあってだんだん見えてきました。
どうやら、
『男性に反抗したい自分とのお別れの日』
だったようです。
友人いわく、私は吉原にいたことがあるそうです。(過去生でね。)
そして、遊女をしていた頃の怒り、怨み、悲しみ、苦しみ…
自分を大切にできなかった過去との決別を夏至の日にしてきたようです。
吉原の端から端まで歩き、吉原大門という吉原唯一の入口を抜けました。
今は何も大門の名残はありません。
この時はたくさん歩いて疲れたな~…くらいにしか感じませんでしたが、
今思うと、
遊女の頃は自力では絶対に出ることが出来なかった吉原を、
自分の足で出る…ことに大きな意味があったのではないかと思いました。
過去世での辛いものを手放し、
自力でその門を出たのはまさに過去の自分であり、長年の夢…
やっとその夢を果たすことができました!
不思議なことに、自分の中にあった怒りがすうっと消えた…ような感じがあります。
過去生は今生に影響を少なからず与えていると私は思います。
それは、良くも悪くも自分という個性を作り上げているものです。
だから、何か生きる上で困難を与えているように感じるのであれば、過去生を知るということも、意味があることなのだと思います。
もちろん知らなくてもいいですけどね!!
長くなりました…(^^;
ごめんなさい。
では!

