『なんぞころびやおき　さいはひよいち篇』

(26)

峠杣一日・著

すは！

鳥取大砂丘の沖合ひに、大きな渦(うづ)が巻く。

その渦の中から繁吹(しぶき)を払ひ、鳶色(とびいろ)の何かが大空へと躍(をど)り上がる。

何だ、あれは？！

とんでもなく巨大な帆立貝(ほたてがひ)、否(いな)、板屋貝(いたやがひ)である。

つと、投扇興(とうせんきょう)宜(よろ)しく水平飛行。

あれかし山の上空を経由(けいゆ)し、室原山(むろはらやま)へと向かふ。

おっと、笹媛お亀(さひめおかめ)と笹彦太助(さひこたすけ)を乗せたのである。

お亀が、古式(こしき)の貝殻節(かひがらぶし)を唄ひ奏(かな)でる。

太助が捧げる御幣(みてぐら)、その先端には杓子(しゃくし)が付いてゐる。

世に船玉神(ふなだまのかみ)と聞こえる、妻夫(めをと)さいの神の一形態(いちけいたい)だ。

室原山の八岐泉(やまたのいづみ)が、金色(こんじき)眩(まばゆ)く光を発した。

泉の斎庭(ゆには)に集ふ者たちも皆、女は杓子の神楽鈴、男は杓子の御幣を手に赤誠(せきせい)を捧げてゐる。

蓮権現転何(はちすごんげんころびなんぞ)の上げる祝詞言(のりとごと)に、巨大杓子貝が呼応(こおう)して明滅(めいめつ)する。

そして、すべての存在が朝焼けの中に融(と)け込んでゆく。

【好い子の皆の合言葉を唱へよう♪】

〽️

いやさかえ

いのちいやちこ

さいはひよいち

まほらとこいは

みつのたま

南無あれかし大明神

南無あれかし大明神

南無あれかし大明神

つづく。

『なんぞころびやおき さいはひよいち篇』(26)