『なんぞころびやおき　さいはひよいち篇』

⑫

峠杣一日・著

花盛(はなざか)りの、あれかし山(やま)。

小蛇八郎(ころちはちらう)とお嶺(おみね)が、ぎこちなくも精一杯にお薄(おうす・薄茶うすちゃ)を点(た)ててゐる。

花の顔(かんばせ)で手解(てほど)きするのは、意宇櫻のお咲(いうざくらのおさき)。

客畳(きゃくだたみ)には鉤手裏剣のお冥(かぎしゅりけんのおみゃう)、猫ま三味線のお妖(ねこまじゃみせんのおえう)、観音手毬のお卅美(くわんおんてまりのおみみ)が彫像(てうざう)よろしく鎮座(ちんざ)して微動(びどう)だにしない。

「ちょっと、あなた達が緊張して何になるのよ。

ちゃんと稽古台(けいこだい)になりなさいよ」

呆(あき)れ顔で咎(とが)めるお咲だったが、かういふのは苦手なんだよとぎくしゃくした動きを繰り返す三人。

はて、何の音だらう。

鳥が大きく羽ばたくやうな音に、茶室全体がびりびりと鳴る。

「マドーだ！」

躙り口(にじりぐち)から、転がり落ちるやうに外へ出たお冥。

上空を、巨大な白鷲(しろわし)が飛んでゆく。

白鷲天狗(しろわしてんぐ)圓彦(まどひこ・マドー)が操(あやつ)る乗物、風神(ふうじん)だ。

小氣味好(こぎみよ)く、裾(すそ)を紮(から)げて駆(か)け出したお冥。

こっちの方が愉快(ゆくわい)と、お妖お卅美もお冥の後を追っかけてゆく。

嘘(うそ)でしょ……目を丸くするお咲の視界から、三人は風を切って消えた。

永(なが)く一万年をも生きてゐるお冥であっても、恋は盲目(まうもく)。

ほの字は燃え焦(こ)がる、燃え尽きることを知らない無尽蔵(むじんざう)の炎なのだ。

噫(ああ)、春だなあ。

【よいこのみんなの合言葉を唱へよう♪】

〽️

いやさかえ

いのちいやちこ

さいはひよいち

まほらとこいは

みつのたま

南無あれかし大明神

南無あれかし大明神

南無あれかし大明神

つづく。

『なんぞころびやおき さいはひよいち篇』⑫