『なんぞころびやおき　天球旅情篇』

(36)

峠杣一日・著

地球を飛び立った梟鏡舟(けうきゃうぶね)は、遠く3万光年(くわうねん)の旅を終へた。

目前には天球大神宮(てんきうだいじんぐう)とも称(しょう)される天の川銀河(あまのがはぎんが)の中心部、ブラックホールがある。

底無しの闇(くら)がりの中、明滅(めいめつ)する光の柱が林立(りんりつ)してゐる。

神殿とも鎮守の杜(ちんじゅのもり)ともいった趣(おもむき)である。

や、船首甲板(せんしゅかんぱん)に神主(かんぬし)……兇興翁(きょうきょうをう)だ。

やや、船尾(せんび)には兇然法師(きょうねんほふし)。

梟鏡の祝詞(のりと)と経文(きゃうもん)が、船体を埋(う)め尽くす邪悪魂(じゃあくだましひ)の渦(うづ)から天球社(てんきうのやしろ)へと吸ひ込まれて行く。

「天球閉門薩婆訶(てんきう～へいも～んそはか～)！」

ややや、兇闇(きょうあん)の声。

「頭(おつむ)に蛆(うじ)の涌(わ)いた地球の糞人間(くそにんげん)共には長(とこ)しへの絶望を天誅(てんちゅう)と下(くだ)してやりたかったが、最早(もはや)此方(こっち)が限度なんぢゃ！

どこまでも脳足りん(なうたりん)の地球の屑人間(くづにんげん)共が！

死から生まれて死に帰(き)するのが人世(人生)！

貴様らの故郷(ふるさと)は死だっ！

とっとと故郷へ帰(かへ)れ！

死ぬれいーっ！！」

「天球閉門薩婆訶！

天球閉門薩婆訶！！

天球閉門薩婆訶！！！」

邪悪魂の大合唱が天球杜(てんきうのもり)をざわめかせると光の柱の明滅が鈍(にぶ)くなり、次々と闇がりの中へと沈んで行く。

はや、貴方(あなた)の隣(となり)に御先祖(ごせんぞ)の方々(かたがた)。

あれ、貴方のことを御先祖と呼ぶ方々も。

もう、人も景色もてんやわんや。

時制(じせい・過去現在未来)が崩潰(ほうくわい)してゐるのだ。

兇闇達は人間を滅(めっ)するべく、三つ子の魂(みつごのたましひ)たる銀河天球諸共(もろとも)無(む)に帰(き)したのである。

それは、ほんの一瞬の出来事であった。

【よいこのみんなの合言葉を唱へよう♪】

いちよあれかし、さいはひよいち。

まほらよいちそはか、南無あれかし大明神！

つづく。

『なんぞころびやおき 天球旅情篇』(36)