みんな己の声を聴く力がある。


それに基づいて行動することだってできる。なんでも創造していける。


それは具体的な動きとしなくてもよいし、自分の中から生まれてくれること(感じられること)があることを知るだけでもいい。




自分を生きるとか、そんな難しいことでなくていい。


己の声を感じ、己の声を受けとめ、毎日を生きる。


それができることの幸せ。その幸せは誰もが感じられる。





かたちのない、ふと感じるものを、信じてあげるかどうかだ。




かならずしもそこに向かわなければならないわけじゃない。


でも、耳を澄ますこと、自分に寄り添うことを忘れてほしくない。





なかなか信じられない、どんな自分の声もそっかぁ〜って、自分の中をただ通っていくことを許可してあげて。





ただただ通してあげて。



すべてを自分のものとしなくてもいい。イヤなものはただ通して流していくイメージだけでいい。





あなたを取り巻くすべてのものが、敵に見えるとき、


そんな時はただただそう見える自分を、


恐さや苛立ちを感じる自分を、


包んであげて。 



 

大丈夫だよって。





何もしなくてもいい。




ただただ生きていたら、それはいつかどこかに飛んでいっていることだってある。


その瞬間は1ミリたりともそう思えなかったとしても。





あせらないで。ゆっくり。ゆっくり。


大丈夫。





大丈夫だよ。







幸せになってはいけない。

そんなことを思っていた昔。


昔のことと思っていたのに、まだわたしの奥底にそれと近いものがあったようです。

昔とは違うけれど、似ているようなものが。



さっき久しぶりに大泣きしました。理由はわかりません。というより言葉にできない感じです。

あるはあるけれど、それが悲しいとか嬉しいとか、そういうものではないという感じでして。

で、泣いているわたしに、

娘がティッシュを1枚とって持ってきてくれました。



びっくりです。


途中大泣きに変わった時に、さらにもう1枚取りに行こうとしてくれて、

1枚じゃなくて箱ごとでお願いしました。



一緒に鼻をかみました。(娘は真似して笑)

泣く時に鼻水が出ることをわかっているようで、鼻にあてて「かまれ〜^_^」みたいなことをしてくれます。



それこそ遠くない昔は、娘の前で泣くことを自分にタブーとしていることがありました。

それでも泣いてしまっていましたが。


でも、いいんだよな。



夫はそんなとき、そっと見守り、落ち着いたらそっと優しい声で言葉少なに声をかけてくれます。


幸せで、そんな幸せを感じる日々を送っているのに、悩んでいることをすこし悶々として感じていた時に、


『幸せを拡充していってもいいんだよ』

みたいなメッセージをなんとな〜く感じました。



そして、書き始めの、

私は幸せになってはいけないと思っていた頃の自分をふと思い出しました。



幸せになってはいけない。


いつからそう思っていたのだろう。

ただ、離婚した時?とも最初思いましたが、父が亡くなった時からなのかもしれません。

若くして亡くなった父に、いろんな想いを抱えていった父に、

父は想いを叶えられなかったのに、私は幸せになっていいんだろうか、そんな思いからかもしれませんし、


ふと今思ったのは、亡くなる直前、モニターがついている父のそばで、小さいながらに神さまに願った願いを叶えてもらえなかったから、

幸せになってない姿を反抗として見せつけようとしていたのかなぁって。


でもね、いいんだよなって。


これは自分の人生なんだよなって思った時に、


一歩ずつ、


そのときの自分に「幸せになっていい」と伝えてきたように思います。


そして、行動して、


今、娘に出逢えているし、夫がそばにいてくれています。


そして、ひとりで好きな場所でご飯食べてます。



変だけど、少しずつ、少しずつ、


わたしは、私に、幸せになっていいんだよ、


もっともっと幸せを味わっていいんだよ、


って伝えていこうって、


改めて、そう思いました。





(好きな場所のご飯。↑)








すごいなぁ〜。


人生って。


^^

午前中の短いリハーサルでは小雨だった空も、昼過ぎにはこんな感じの空の下、踊ってきました。


長いアーケード街を踊り切った後の、カキ氷はほんと最高で、


(蜜かけ放題でして、コーラ*みぞれ*レモンの3つの味を楽しみました。蜜がけを店員さんが優しい笑顔で見守ってくださり、あったかい気持ちに。個人的にはよく頼むレモン味をおさえて、コーラ味が一番でした。)





そして、演舞中のこの幸せそうな私の笑顔は、娘が沢山の同じ衣装を着た人たちの中から、私に気づいて嬉しそうに反応していてくれたのが見えたのと、

たくさんのお客様の応援が嬉しかったこと、

そして、踊りを楽しめたこと、

踊りの途中、横向いた時に顔を向き合わせたり、後ろに向いて移動する際に、すれ違いざまに顔を見合わせた時の、先輩や一緒に踊らせてもらったメンバーの方々の笑顔と自分の笑顔が交互する喜び、

などなど、いろんな想いからでした。

(とは言え、連続6回目くらいの演舞からは笑顔も引きつっていたかもしれません笑。でも踊り終えることができて、ホッとしたのと嬉しくて涙。)


そして、暑いのが苦手だから、冷房が効いた所に行くと言っていた夫が、いろんな場所に娘を連れて観にきてくれて、なんて幸せなんだろうと思いました。


最後の演舞では、これで終わってしまうのか、まだまだ踊っていたい、味わっていたいという気持ちもあって。
それくらいの気持ちになるほど、楽しさをいっぱい味合わせてもらいながら過ごせたのだぁとしみじみ感じました。



やなせたかしさんの故郷にて、至るところにアンパンマンや、やなせさんの作られたキャラクターが。
(ひょっこりはんのつもり。。全然ひょっこり感なかった。笑)


そして、次の日は、高知の東の端にある「室戸」まで片道約3時間かけて移動し、

話題の廃校水族館に行き、娘とハンマーなんとかというサメを観たり、校舎内を探検したり、


(娘が選んできた本が渋かった(笑))


ドルフィンセンターに行って、イルカに触ったり、


(娘は余裕な顔をしていたのに、いざ触る場面になるとギャン泣きで私たちだけ触り心地を堪能。間近でのジャンプは圧巻。)

廃校水族館とイルカセンターはどちらにも行くと、お互いに半券を見せると両方からプレゼントをもらえました🎁(ポストカードとコカコーラ)





室戸の名物、キンメ丼は、最後お出汁をかけてお茶漬け風にして食べることもできて、最後の最後まで美味しかったです。

最初に待ちきれず、一緒に頼んだ牛肉丼を一気に半分食べてしまってでも、です。牛肉丼も超美味しかった‼︎



そして、最終日は仁淀川の名越の沈下橋の近くの川の透明さに癒され、




桂浜の海の明るさに圧倒され、



坂本竜馬蔵から、なんとなく「楽しんで生きよ」というようなメッセージを、なんか感じてびっくりしつつ、


最後の最後は空港内をほぼダッシュして移動しながら、

なんとか帰ってきました!


ヘロヘロな私の前で、車を取りに行ってくれた夫を待つ娘の余裕っぷり。(旅中、いっぱい娘の笑顔が見れましたラブ)

さとう式の耳たぶまわし?

セルフケアしてたのかな?(あえての目を閉じた?写真をピックアップ)



その週の日曜日には、長野に行き、『チームラボ』さんの体感ミュージアム?に行けたのも、遠かったけど、疲れたけど、すごく良い思い出です。(前から気になっていて娘と行きたかったので。)


娘も大喜び。私も夫もみんなで満喫してきました。
(↑夫の書いたイカ、娘との共同作業の魚が泳いでおります。

ありがとう!高知!& 長野!

ありがとう!おつかれ!わたし!

そして家族、誘ってくださったみなさま、一緒に踊らせていただいたみなさま、

道中、見守り、助けてくださったみなさま、

ありがとうございます!